〇〇さま

こんにちは、木坂です。

僕にしては大変珍しい時間の配信となっていますが、
これには理由があります。

そう、今日は選挙なのです。

暇なら選挙に行きましょう、ということを一言伝えたくて、
本当はもう少し文章の推敲をしたかったのですが、
配信することにしました。

特に、40代より下の、若い世代には絶対に選挙に行ってほしい。

「どうせ自分の一票では何も変わらないでしょ」

というのは政治学的に考えると間違いです。

政治家というのは、結局「票を求めて動く」のですから、
例えば若年層がメインの票田となれば、当然そちらを向いて
政策などを決定するものなのです。

良くも悪くも、彼らに理念をゴリ押す気概はありません。

というか、理念すらない人間も多い。

だからこそ、投票に行く必要があるのです。

農協や土建屋や日教組などをはじめ、老人から成る
大票田の方ばかりを向き、本当の意味での国民不在と
なっている日本の民主主義がどうなるかは、結局僕ら国民に
かかっているという、当たり前の帰結を得るのだから。

未来を作るのは老人ではなく若者です。

若者の方を向いた政策が実行されなければ、日本の未来は暗い。

それは、老人は用済みだから切り捨てろと言っているのではなく、
彼らに安心して引退してもらい、穏やかに老後を過ごしてもらえる
社会を作れるのも若者だけなのだということを、是非老人の皆様にも
理解していただきたいと思います。

目先の自分の利益ではなく、長期的な日本国の利益を目指して。

さあ、老若男女、前向きに選挙に行くことにしましょう。

そう言えば、前回のレポートについて、

「ブログで紹介してもいいか」

というメールを何通かいただきました。

もちろん大丈夫ですよ。

きちんと作者や出典を明記して、引用または紹介であることが
誰の目にも分かるような形でやっていただければ、ブログ、
メルマガ、フェイスブック、ツイッター、ご自由に紹介して
いただいて構いません。

もちろん、常識として売ったり、これを特典にしてみたりしては
いけません。

僕が「無料で」配っている意味を踏みにじらないように留意しつつ、
ご紹介いただければ。

あ、その際に僕のメルマガを丸々貼り付けたり、
アドレス登録フォームを貼り付けたりする必要は特にないです。

レポート自体に事実誤認があったりすると困るので、
一応文責の明記ということで僕のメールアドレスを
レポートの最後に付け足しておきました。

なので、読者の方や顧客の方のお役にたてると思ったら、どうぞ
お気軽にご紹介ください。

また、基本的に僕がメルマガで無料で配布するものは、
特別な断りが僕の方からない場合、同じ扱いだとご理解いただいて
大丈夫です。

僕がメルマガを出すと、急にそのメルマガをコピペしたような、
主義主張までそっくりな話をするメルマガが増えると各方面から
報告がありますが、そういう「勝手に盗作をする」人はお話になりません。

でも、きちんとした形で引用したり、紹介すること、それは
自由にやっていただければと思います。

ではでは、今日の記事に参りましょう。

両方とも重要な話ですが、レポートはかなり長くなってしまったので、
メルマガから読んでもらった方が、気軽かもしれません。

レポートは、僕みたいにディスプレイで文字を読むのが苦手な人は、
印刷しないといよいよ読み切れないかもしれないです。

何より、先に読み始めてしまうと選挙の時間が終わってしまうかも
しれない。

すぐに読むなら、選挙に行く道すがら、読んでいただければと
思います。

え?

セミナーの募集?

そいつぁもうちょいお待ちください。

レポート書くのに集中しすぎて準備ができておりませぬ。

よくある、「結局一般募集はできませんでした」なんてことにならないよう、
何とか、年内には。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

目次

1.新田vs木坂。

2.大人になると、みかんを買わなくなるのはなぜか。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

1.新田vs木坂。

前回に引き続き、クリスマス兼お年玉プレゼントの第二弾です。

今回は、タイトルにあるように、新田君とのやり取りを
ベースにしたレポートになります(ただ、別に対決はしていません)。

きっかけとしては、まず新田君からメルマガに返信をもらい、
そこからふわっと2、3通やり取りをいたしました。

僕はもうアフィリエイトや情報販売の最前線で活動していないので
現場のリアルな声を聞けるのは大変興味深く、面白かったです。

で、ふと思いついて、彼のメールを引用しつつ、僕の考えを述べる
レポートを作った、という感じです。

業界の裏事情、と言ったらあまりにもゴシップっぽいですが、
今アフィリエイトの業界でもトップクラスに販売力のある人が見た
業界の裏側というか実際についても何気なく話してくれていて、
僕がレポートにしちゃうと新田君がそう言っていたことが業界に
知れ渡っちゃうと思うけどそれは構わないのかと聞くと、

「僕も多少敵を作るのは覚悟しますので、遠慮無く!笑」

と答えてくれました。

聞くところによると、彼はいろんなセミナーに顔を出し、
業界の人は大体友達もしくは知り合いみたいなので、
こういう話は通常あんまりしないと思うんです。

その意味で、貴重な記録かと。

って、別に何かの犯罪を告白しているわけではないのですが(笑)

考えが似ているところもあるし、僕とは違うところもあり、
いろんな発見があると思います。

是非読んでみてください。

http://www.masterclasstrilogy.com/neye/con_n.pdf

です。

右クリックで直接いけますが、ただ、やはりダウンロードが
集中するともう疲れちゃったよパトラッシュメッセージが
出ることがあるので、そういう場合は時間をあけて
再度チャレンジしてみていただければと思います。

ちなみに、最後におまけとして僕のビジネスの遍歴を
ものすごく簡単にまとめておきました。

気になっている人がいるようだったので。

そんなに詳しくは書いてないですけど、暇だったら
読んでみてください。

2.大人になると、みかんを買わなくなるのはなぜか。

あまり大きな声では言えないのですが、僕は年に数回、
「暗黒会」と一部で呼ばれる会合に出席しています。

その会合では、各界を牛耳る大変力のある人たちが、
次の日本の首相をどうするかなどといったことを
ざっくばらんに話し合うといったことが行われます。

つい先日、おそらく年内最後になるであろう会合が
開かれました。

選挙が近いからでしょうか、急遽召集され、都内某所の
焼肉店に行ってきたわけです。

その会合において、年内最後を締めくくるにふさわしい
大変重要な議題があるメンバーから提示されました。

それは

「みかんって、どうして大人になると買わなくなるんだろう」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

というもの。

まさに、日本の未来にダイレクトにかかわる極めて重要な
問題提起であり、僕を含めた3人の暗黒会幹部は、次の選挙などに
関わっている場合ではないとばかりに、その議題についての
検討を始めたのです。

検討は、肉数枚を平らげる間の、約10分にも及ぶ長期戦となりました。

3人に共通していたのは

・子供のころは、冬になるとみかんを大量に食べていた
・だからみかんは好物である
・大人になると、みかんを買わなくなった
・しかしみかんを出されれば喜んで食べるから、依然として好物である
・一方で好物なのに買わなくなったことも事実である

というような点です。

この10分にも及ぶ余りにも長い議論は、上述のようにある種の
二律背反を内包しているがゆえに、混迷を極めました。

この世は所詮名前の集合に過ぎないのか、それとも物質という
何かしらの実体の集合であるのか、またそのいずれでもないのか。

果たして天使は針の上で何人までダンスを踊ることができるのか。

認識が現実に従うのか、それとも現実が認識に従うのか。

神が絶対の存在であり完全なる善であるなら、なぜその神が創った
この世に悪が存在するのか。

こういった形而上学史上の有名問題に負けず劣らず不毛なこの
「みかん論争」は、おそらく後世の学者が詳細に研究することに
なるであろうポテンシャルを秘めていますが、しかしながら
その結論は極めてシンプルで、また現実的なものとなりました。

みかんはなぜ買わなくなるか。

それはきっと、東京都民が東京タワーに上らないのと同じことであろう、と。

「みかん」というものは、(少なくとも僕らにとっては)カテゴリー的には
あくまでも「そこにあるもの」であって「買うもの」ではないのではないか。

そういう結論に至ったのです。

東京タワーも、多くの東京都民にとっては生まれた時から「そこにあるもの」
であって、別に時間とお金を使って「上るもの」ではない。

それと同じで、子供の頃というのはなぜか冬になるとみかんが
大量に配備され、それを自由に食していい環境が出来上がるものでした。

特に不思議なのは、木坂家ではそのみかんは母方の実家から
文字通り「みかん箱」に入れられて送られてくるものでしたが、
そこにいたその他の二人もそのような境遇にあった、ということです。

つまりみかんというのは、特にコストを投下して獲得する
タイプのものではなく、

なぜかそこにあるもの(=誰かが勝手に用意するもの)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

なのだということが、大人になり、一人暮らしを始めるようになった途端、
みかんを食べなくなる理由なのではないだろうかということが、暫定的な
結論として得られたのでした。

オリジナルの問題提起は「なぜ買わなくなるか」だったのですが、
議論を重ねるとそれは「買わなくなる」のではなく
「元々買うものではなかった」ことが明らかとなり、
正確には「食べなくなる(=そこになくなる)」という変化が
あるのだとわかったのです。

「あれば食う、なければ食わない」という境地ですね。

何が境地なんだかよくわかりませんが。

さて、

「それが分かったからなんなのか」

という疑問が、そろそろ脳裏をよぎっている頃かと思います。

こんなに日本の未来に直結する重大な発見について特に何も
感じないとすれば、それは大変に恐ろしいことだと思いますが、
懇切丁寧で有名なこのメルマガですから、もう少し解説いたします。

「みかんを買わなくなる」のではなく「みかんはそもそも買うものではない」
ということが分かったわけですが、そうなるとある重大な問いに答えなければ
いけなくなります。

それは

「じゃあ、なぜまだ成り立っているみかん農園が存在するのですか」

という問いです。

僕のセミナーにも、極めて巨大なみかん園を運営している、
通称蜜柑財閥の方がいらしていますが、もし日本人が全て
「みかんはそもそも買うものではない」と感じているならば、
蜜柑財閥など存在しようがないではないか、と。

ここが最大のポイントです。

ここが、

これからのビジネスを考える上での最大のポイント
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

なのです。

「みかんはそもそも買うものではない」がしかし一方で
蜜柑財閥が成り立っている(=儲かっている)。

これは一見矛盾ですが、よくよく考えてみると、
子供の頃実家に送られてきていたみかんは、誰かがどこからか買って、
それを我が家に送ってきていたわけです。

仮におばあちゃんにしましょう。

おばあちゃんが、かわいい娘家族のためにみかんを箱買いし、
送ってくる。

それも毎年、4分の1くらいは腐ってしまうくらい、
かなりの量を送ってくる。

この命題が全国的に真であるならば、みかん園は、
毎年相当な量のみかんを全国のおばあちゃんに
売っていることになります。

そして、特にえげつなく儲けている一部のみかん園が、
財閥としての地位を獲得するに至る。

みかん園から見れば、1キロのみかんが売れるのは、
どういう売れ方をしたとしても同じ1キロの販売実績です。

しかし財閥になるか否かの分かれ目がここにあって、
財閥になるようなみかん園は、まず間違いなく

「どういう売れ方をしているのか」

に相当程度注目しているのです。

そして、その売れ方から、ある原理を導きます。

その原理とは、ズバリ

「みかんとは、何であるか」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

です。

僕を含めた暗黒会の面々は、暗黙のうちに

「みかんは自分で買って食べるものである」

と前提していました。

リンゴやバナナなどその他の果物と同じように、
食べたい時に買うものなのだ、と。

だから「どうして大人になると買わなくなるのだろう」という
問題提起が自然と出てきてしまった。

しかし実際には、みかんは自分で自分のために買うものではなく、
また僕らが暫定的に得た結論のように「みかんは既にそこにあるものである」
わけでももちろんなく、

「娘や孫のために買って送るもの」

だったわけです(いや、もちろん仮説ですよ、これも)。

これは、みかんの定義としては我々幹部三人が考えていたものとは
かなり本質が異なります。

言い方を変えれば、みかんという果物は、リンゴやバナナとは
そもそも競合していない、と言うこともできるのです。

みかん販売を営んでいると想像してください。

みかんを自分で食べるために買う人と、みかんを娘や孫のために
買うおばあちゃんとで、当然セールスのテイストや切り口は
大幅に変わりますよね。

僕は毎年何回となくスーパーやデパートでみかんを見ているはずですが、
買ったことは一度もありません(リンゴやバナナは、数えきれないくらい
買っています)。

買う気がそもそもないのだから、「買ってくださいな」と
真っ直ぐセールスされても、買う確率はほぼゼロだと思います。

リンゴよりみかんの方が好きなのに、みかんはまず間違いなく
買わないのです。

だから、みかんを売りたければ、「みかんに固有の」売り方を
考えなければいけない。

もしかすると、そんな面倒なこと考えなくても、

「甘くておいしいです、しかも安いです」

という最大公約数を狙ったチラシを書けば、当然それなりには
売れるでしょう?どうせみかんなんて、そんなに変わらないんだし、
と思うかもしれません。

確かに、それなりには売れると思います。

しかしあくまでも「それなり」であって、働けど働けど我が暮らしは
猶よくならずに、ぢっと手を見てしまう未来は想像に難くないでしょう。

ましてや、財閥など絶対に形成できない。

自分のためであれば甘くておいしくて安いみかんがほしいはずですが、
愛する娘や目に入れても痛くない孫に送るみかんに対して、そういう
条件を求めているかと言えば、僕はそうは思わないからです。

低農薬や無農薬が大事な条件かもしれないし、色や形、大きさが
重要なのかもしれない。

あるいは産地が重要なのかもしれないし、作った人の容姿が
重要なのかもしれない。

何が重要かはリサーチしてみないとわかりませんが、少なくとも
僕みたいなやつが自分のために買う場合とは大きく異なる
ロジックで購入が行われることだけは間違いありません。

この「定義が実は変わっている」という現象を僕は

カテゴリーの移動
~~~~~~~~~~~~~~~~

と呼んで、大変重要視しています。

「自分で食べるために買う」というカテゴリーから
「娘に送るために買う」というカテゴリーへの移動。

このカテゴリーを移動させることができれば、ひとつまたひとつと
ビジネスチャンスが生まれることになります。

理解を深めるために、もうひとつ例を出しましょう。

ここ数年話題になっている若者の車離れがあります。

前回のメルマガで書いた新人君も、家族のために車は「必要」だと
言っていましたが、決してほしいわけではなかった。

なぜ車が売れないのでしょうか?

それは草食系がどうのこうのみたいな、現代によみがえるフロイト的な
仮説で説明するのも面白いのですが、僕は単純に

「カテゴリーが変わったことに販売者が気が付かないから」

だと思っています。

車って、移動のための道具だと思っていますよね。

でも、たぶん、今はそうではない。

今は、というか、もともとそうではなかったのだけど、
本当の意味で競合がいなかったために、「移動の道具」として
車が売れていた。

結果、販売者は「みんな便利で快適に移動したいんだ」と錯覚し、
そのロジックで作り続けたけど、現代においては「競合」がいるため、
売れなくなってしまったのではないか、と思うのです。

では、「競合」とはなんでしょう?

電車?

飛行機?

船?

バス?

僕の理解では、全部違います。

車の一番の競合は、ツイッターであり、フェイスブックであり、
それらを支える端末(=スマホ)です。

車というのは、移動手段が不十分だったときには
「移動ツール」としての便益が前面に出ていましたが、
実はそれに隠れて

「コミュニケーションツール」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

としての役割を担っていました。

だから新人君も「家族サービスのために」と言っているのです。

電車やバスや飛行機を乗り継いでいくのでは得られない
「コミュニケーション空間」がそこには現れるからですね。

つまり、友達と小旅行に行く、女の子をナンパしてみる、
デートをする、一人きりの空間で音楽を聴く、家族旅行に行く、
などのイベントに付随していたコミュニケーションのすべてが、
各種SNSとスマホに取って代わられている、と。

そう考えると、車を「移動ツール」という高度経済成長の
カテゴリーで売り続けている以上は、先行きが暗いわけです。

「新しいコミュニケーションツール」として新カテゴリーを
創出できるのかどうか、ここにかかっていると思います。

だから、フェラーリなどは不況に関係なく売れているのです。

そもそも移動ツールとして売っていないので。

こういう、視点の自由な移動、本質の理解、そしてそこから

「適切なカテゴリーの移動を考えることができるのか」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

が、今後全てのビジネスの明暗を分けるほどに重要になってくると
僕は考えています。

巷の書籍などで言われるように、ビジネスチャンスの中にはその辺に
転がっているものもあるのですが、さすがに最近はそういう美味しいものに
出会うことも少なくなってきました。

とても嗅覚のある人じゃないと、見つけられなくなってきている。

でも、トリュフを探す豚のように、わざわざフガフガやって探さなくても
こうやって「カテゴリーの移動」という概念を導入するだけで、
無限に作ることができるのです。

最近僕はメールでのコンサルにおいて、ある例を出しました。

「モード服が好きだった僕がクラシックな服が好きになったのは、
普通であれば40年程度かけて起こるカテゴリーの移動だが、
僕はそれを4年間で経験してしまった。それはなぜだと思うか?」

という例です。

ファッションが好きな人は分かると思いますが、モードと
クラシックは、まさに両端であり、決して

「いやー、モードもいいけどクラシックもいいよね」

などと言えるものではなく、それは言わば犬猿の仲なのですが、
その最も遠いカテゴリーの移動を、僕は普通の人の10分の1で
経験してしまったわけです。

これはもちろん僕の力ではなく、いろいろな「クラシック界の」
人たちによる様々な働きかけによるわけですが、その働きかけが
成功したことにより、モード界に僕が落としていたお金が、
ある日突然クラシック界に落ちるようになるわけです。

これまで毎日のようにどこかのブランド店から電話がきていたのが
あまりにも買いに行かなくなったためにほとんど電話は来なくなりました
(手紙はまだいっぱい来ますが)。

僕のクローゼットからはブランド品の既製服が消え、全て
オーダーしたシャツとスーツ、ジャケットとコートになりました。

カバンも靴も、ほぼ全てオーダーになってきています。

残りはクラシックとはあまり関係がないカジュアルだけで、
そこはまだ既製品が幅を利かせています。

スーツなどは、身体が大きくなりすぎて既製品が入らないという
物理的な事情もありますが、クラシックはその定義を突き詰めると
究極的にはフルオーダー以外にはあり得ないので、必然的に
そうなってきてしまっているということです。

僕が毎年ファッションに使うお金は1億も2億もあるわけないので
言うほど大した額ではないのですが、それでもそういう人が例えば
100人いたら、かなりの額がモードからクラシックに流れることに
なりますよね。

そういう人が1万人いたら、業界の情勢が大きく動くことになります。

1万人って、実はこのネット時代においては、大した数ではありません。

だから、案外現実的な話でもあるのです。

カテゴリーの移動を起こすこと
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

これができないと、今後ビジネスはしんどくなります。

既存の市場は当然競争が激しくなるわけですし、
特に価格競争になりがちです。

逆に言えば、その移動が自由にデザインできれば、
今ほどビジネスで成功しやすい時代はない。

同じみかんを売ってるのになぜ差が出るのか。

「より甘いみかん」がいつでも売れるのであればそんな簡単な
話はないのですが、現実はもっと複雑怪奇です。

どういうみかんが売れるのか、は、先に言ったように

「みかんとは何であるか」

という一見哲学的な問いに、極めて現実的に答えないと
わかりません。

モードとは何であるか、クラシックとは何であるか、ファッションとは
何であるか、そういうことに答えられない人は、僕をモードからクラシックへと
移動させることはできないわけです。

既存の市場の中でこちょこちょと活動して何とかなっていた時代は
もう終わりました。

これからはカテゴリーを発見し、再定義し、顧客を移動させることが
できるかどうか、これにかかっています。

僕はかなりの確信を持ってこう言っていますが、カテゴリーを意識せず、
漠然とモノを売っていたら、いつかは廃業です。

「私は最高のみかんを売っています!」

なんて漠然とした売り方ではダメなのです。

「私は最高のクラシックスーツを売っています」は、
悪くはないですが、爆発もしない(=財閥は作れない)。

なぜなら

「既にクラシックカテゴリーにいる人にしか響かないから」

ですね。

モードカテゴリーの人の耳には、全く届かない。

モードカテゴリーにいた僕にクラシックカテゴリーに
興味を持たせた一人はトムフォードですが、その意味で
僕は彼を天才だと思っています。

ガリアーノとはまた違った意味での天才です。

もしビジネスで成功したいのであれば、
「そういう意味での」天才を目指す必要があります。

幸いなことに、この意味での天才は努力でなれるので、
正しく努力していけばいつかは到達できます。

ところで、「そういう意味」とはどういう意味であるかを
説明しなくてはなりませんね。

去年から今年にかけて行ってきたセミナーや、あるいはメルマガで
話してきた内容などを踏まえるなら、

「複数のカテゴリーに片足突っ込めちゃってる」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

という意味です。

トムフォードはクラシックカテゴリーの人間ですが、
モードカテゴリーの気持ちがよくわかるデザイナーでした。

そして何より、モードからクラシックへ移行するそのプロセスを
熟知していた。

だから彼のファンは、基本的にクラシック志向なのだけど、
モードもいけてしまう人が多いのです。

モードから移動してきた人が多いからですね。

その意味で、彼のポジションは極めてユニークであり、
一人勝ちです。

このように、カテゴリーを自由に移動できるという意味での、
天才になる必要があるのだ、と。

これは言うよりは難しいです。

普通に生きていたら、自分の属するカテゴリーに凝り固まって、
閉じこもって、死んでいくのが人間なので。

しかし、去年のメルマガでも書いた通り、そのカテゴリーや
殻といったものを、「自分の力で」破っていけるのも、この自然界で
人間だけなのです。

だから、この意味での天才は努力次第で誰でも到達できるものなんだ、
ということが言えると僕は思っています。

カテゴリーを繋ぐこと、それを僕は

イノベーション
~~~~~~~~~~~~~~

と定義しています。

カテゴリーを繋ぐには、片方のカテゴリーに詳しいだけでもダメで、
両方のカテゴリーに詳しいだけでもまだ不十分です。

トムフォードのように、両カテゴリーと、その間の道をも熟知することが
必要なのです。

そういうことができる人のことを一般にはイノベーターと呼び、
僕はアーティストと呼んでいます。

ジョブズばかりがイノベーターではありません。

小さいイノベーションは、それこそ毎日無数に起こっている。

それこそが、2013年以降を生きる道だと、僕は確信しつつ、
このメルマガを書いているというわけです。

何かの指針になれば、幸いでございます。

ではでは、今回はこの辺で。

何か質問や感想等あればこのメルマガに返信してください。

ありがとうございました!

木坂