〇〇さま

ども、こんばんは、木坂です。

東京は既に35度を超えているとかいないとか。

たぶん毎年思ってるんですが、7月ってこんなに
暑かったでしたっけ?

この調子でいくと、8月なんて普通に40度くらい
いっちゃいそうで。

ちなみに親戚が熊谷に住んでいますが、クーラーがないという
パパラギな生活です。

よく死人が出ないなあと毎年思うのですが、
死人どころか病人も出ない強靭な家系のようで、
実にうらやましい。

「慣れたら平気よ、窓開ければ涼しいし」

と言われます。

涼しいって、なんだっけ。

さてさて、そんな暑い毎日ですが、無駄に暑苦しいメルマガを
したためてみました。

真夏にチゲ鍋食べたくなるよねー、うんなるなるー、
という人以外は読まない方がいいかもしれません。

加えて、今回は、ちょっといつものようなですます調ではなく、
である調で書かせてもらいました。

気分です。

書評を受け取っている人は慣れているかもしれませんが、
初めての人は、ちょっと違和感を感じるかもしれないことだけ、
あらかじめお伝えしておきます。

ただ、まあいつもと同じように読んでいただければ
何も問題はないはずですので、ご安心を。

ではでは、早速いきましょう。

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目次

1.生きているということ。

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1.生きているということ。

タイトルから、谷川さんの詩を思い出した人もいるかもしれないが、
関係あるようで、関係ないようで、やっぱり根底では関係している、
そんなお話をば。

最近、ワールドカップが盛り上がり、ようやくぼちぼち熱も冷め、
日本代表も頑張ったとか何とかでスポーツ好きの僕としては
うれしい限りなのだけれど、サッカーというトピックを
目にするたびに思い出す選手がいる。

サッカーにはそんなに詳しくはないんだけど、2年くらい前に
知って以来、なんとなく心の片隅に留まり続けている選手。

ミクローシュ・フェヘルというサッカー選手だ。

彼は24歳という若さでこの世を去った。

死因は心停止で、イメージとしてはキャプテン翼の三杉君みたいな
感じなのだろうか。

サッカーって思った以上に選手が若くして死んでいくスポーツみたいで、
僕がやっていたラグビーもそこそこ死ぬけれど、サッカーの方が
多いような気がする。

あくまでも、感覚。

彼は試合中に発作がおこりそのまま帰らぬ人となったわけだけど、
その時の様子は今でも映像できちんと残っている。

たとえば

http://www.youtube.com/watch?v=XGJOw7Vo-8U

とかを見てもらえれば、彼が敵味方を問わずいかに愛されていたかが
垣間見える。

味方の選手の駆け寄り方の速さを見ると、そういう可能性は、
ある程度共有されていたのかもしれない。

そう言えば、不思議なことに僕の周りには昔から
心臓系に疾患を抱える人が結構集まってくる傾向にある。

さすがに両手は超えないけど、いわゆる「難病」に指定されている人
だけでも片手くらいは、数えるのにかかる。

その人たちの話を聞いていて共通しているのは、心臓関係の発作などで
「即死」になることはあんまりない、ということ。

我々健康な人間は、例えばドラマなどで発作のシーンを目にするくらいしか
機会がないから、「うっ」とか言ってそのまま死んでしまうように
錯覚しているが、実際はそうではないらしい。

「うっ」ってなったのちも意識はしばらく明瞭で、しかし体の自由は
きかず、呼吸も安定せず、ただひたすら「死にそうに」苦しい状況が
続くのだと教えてくれる。

意識が飛んだりすることすら、ほぼないという。

小学生の頃、心臓を日本刀で貫かれて30分生きた人の話を
聞いたことがあるが(嘘か本当かは知らないが)、心臓というのは、
結構しぶとかったりする。

逆に言えば、それだけ、苦しみも長いということだ。

銃であれば、頭を撃てば即死する。

が、心臓を撃つと断末魔の苦しみの中、じわじわ死ぬことになる。

心臓というものは、乱暴に言えばそう言うものらしい。

フェヘルは、心停止で死んだ。

上の映像を見てもらえればわかるけど、倒れる直前は彼の
トレードマークでもある笑顔だった。

確かに、イエローカードに対する苦笑い。

でもこれはきわめて象徴的だと僕は思う。
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ピッチで倒れたということはそれまで試合に出ていた
ということなのだけれども、今述べたように、心停止に至るまでには
相当な苦しみがあるはずである。

急に心臓が止まって意識が飛んで、という類のものではないから。

苦しいのを我慢しながら試合に出て限界を超えた、という見方が
妥当なのではないかとすら思ってしまう。

コメント欄にRIPと書いてしばし物思いにふけり、同じように
やってくる明日を同じように生きるのは簡単なのだけど、
せっかくだから、僕が考えたことをこうやって公開し、何かを
得てもらった方がいいのではないかと思い直したり。

なぜ、突然この話なのか、というのは、もちろんワールドカップという
一大イベントのおかげもあるのだけど、それ以外に、とても大きな
理由がある。

それは、僕のセミナーや教材を購入し、勉強してくれている人たちに
関してである。

僕はこれまで山ほどセミナーをし、それを教材として販売し、
今でも基本的に同じことをしているけれど、僕の教材購入者の絶対数は、
そこまで多いわけではない。

「ネット起業家」とか「情報販売」とか、そういった最高に
ダサいカテゴリーの相場的にはそれでも多い方だとは思うけど、
でも大百科みたいに17000人とかいるわけでは全然ない。

大衆性もないし、価格も安くないし、それは当然だろうと思う。

だがそれゆえに、結構普通ではない境遇の人が少なからずいたりする。

よくある「ビジネスで失敗して家族にも逃げられてもう真っ暗です」という、
きっと大変なのだろうけど僕にはあまり興味を持てないお話ではなく、
現実問題として「死にかけている人or死にかけたことがある人」が、
思いのほかいるのである。

具体的に言えば、まあ和佐君のように事故で事実上2回くらい死んだ人とか、
名前も長過ぎて覚えられないような難病と闘っている人とか、
癌と闘っている人とか、ふとした時にそんな話が聞けたりするから
こっちがびっくりする。

にわか不幸のどん底にある人と違って、こういう人たちは自分から
あまり自分のそういう話をアピールしてきたりしない。

たぶん、彼ら自身が「不幸」だと認識していないからなのだろうと、
話していると感じる。

そういう意味で、僕にはない「強さ」を感じるのだけど、
それはともかく、彼らは、言葉は悪いが、一度死んでいるか、
今も生きた心地がしないような境遇にある人と言うことができる。

そんな彼らが、自分が今闘っているものとはおそらく直接
関係ないであろう僕の教材をわざわざ買って勉強してくれているということ、
これは教材を作っている身としては、本当にうれしいし、気が引き締まることは
言うまでもない。

彼らは、文字通り死と隣り合わせで生きている。

明日がやってこない可能性が、僕なんかよりもはるかに高い。

そしてそれが「現実的」なのである。

その意味で彼らは、きっと僕なんかよりもいまを必死で生きているし、
この場でできることを全力でやっているのだろうと思う。

僕は幸いにして死にかけた経験も(たぶん)ないし、
今治療不可能な病気と闘っているわけでもないし、
死を身近なものとして日々を生きる努力はしていても、
どうしても死が遠くかすんでしまうこともある。

彼らの話を聞いたり、それこそ和佐君とバカな対談を録っていたり、
そういうときに、

「ああ、もっとやらないといかんな、明日はないかもしれない」

と気持ちを新たにさせてもらったりしている。

僕が初めてこういう気持ちになったのは、大学生の、確か
2年生の時だったと思う。

そのころから、ずっと「死を忘れてはいけない」と脳みそに
刻んで日々を生きてきたつもりなのだけど、何があったのか、
と言えば、大学2年のある授業で、研究課題をやるために参加した
グループに、余命一ヶ月くらい、という人がいた経験がある、
というのが簡単な答えになる。

彼は、正確な病名は忘れてしまったが、筋委縮性の何かだったように
記憶している。

ジストロフィーじゃなかったような気がするんだけど、
そうだったかもしれない。

一人で歩くことはもちろんできず、体を動かすこともままならず、
毎日お母さんが車で送迎し、車椅子を押し、メールを代わりに打ち、
という感じだ。

名前を、確か金澤君と言った。

君と言っても、たぶん僕よりも年上だろうと思う。

なんとなく君で呼んでいた。

頭はきちんと動いているようなのだけれど、体が全くついてこないような、
そんな状態だった。

和佐君がもっと動けなくなって、しゃべることもままならなくなった状態と
イメージしてもらえると近いかもしれない。

和佐君知らない人はごめむ(笑)。

最初は、付き合い方というか、距離間に戸惑ったが、
彼が真剣に学びたがって大学に来ていること、学問に向き合う
真摯な姿勢などがわかったので、次第にその戸惑いもなくなっていった。

彼の頭は余命一ヶ月とは思えないほど明瞭で、内容的な意味では
僕らと普通に議論することもできたし、僕ら以上に本を読んで
調べてくることもあった。

だから、一ヶ月というのは、あまりに実感がない期間だった。

毎日メールは返ってきたし、打ち合わせに彼はいち早く
現れたし、たまに笑ったりもしていたし。

僕が通っていた大学は結構シビアな大学だったから、
こういう課題に関しては、相当な量の資料を読みこまなければ
ならないし、徹夜も1度や2度では絶対に間に合わないレベルが
暗黙のうちに要求される。

だから、必然的にメンバーとやり取りする頻度は増え、
仲良くなるというよりは、同志としての意識が多少芽生えたりはする。

そんな中、疲弊しながらも僕らの発表は無事終わり、先生から
おほめの言葉をいただいたかどうかは覚えていないが、いずれにせよ
何とかかんとか形にはなった。

テーマはユダヤ人の歴史みたいなものだった気がする。

みんなで無駄な達成感のようなものにも、すこしひたったりした。

金澤君が喜んでいたかどうかは、よく覚えていない。

そのころにはすでに、喜ぶというわかりやすい表現は
できなかったのではないかとも思う。

それからほどなくして、金澤君は帰らぬ人となった。

本当にあっさりいなくなった。

誰に知らせるでもなく、ふらっといなくなっていた。

彼の死を知ったのは、学校のメールボックスに入っていた、
学校からの一枚の紙切れによってだった。

ああ、人は本当に死ぬんだな、とその時ものすごい実感を伴って僕の中に
何かが入ってきたのを覚えている。

別に、これといって仲が良かったわけでもない。

言ってしまえば、高々数週間、同じテーマでのグループワークを
していただけの間柄である。

意気投合したわけでもないし、ドライな言い方をすれば、
特に「友達」ですらなかったのかもしれない。

だから、悲しい、という感情は特になかったのだけど、
何て言うか、言葉にしようのない「力」が僕をとらえた感じとでも
言えばいいのだろうか。

現象としては、ほんの一時期一緒にグループワークをしたことがある
「赤の他人」が一人死んだ、というだけなのだけれど、初めて感じる
衝撃がそこにはあった。

それは不思議と、小学生のころ祖父が目の前で死んだ時にも感じなかった
感覚である。

彼は、本当に死ぬ直前まで学問に身をささげていた。

別に学問をやっても病気が治るわけでもないし、大体専攻していたのは
国際関係か何かであり、特に国際平和というものを研究していたように思う。

僕が通っていた大学はそもそもそういったものを特色とする大学だし、
言ってしまえば、自分の病気とは何の関係もないわけだ。

さらにぶっちゃけて言ってしまえば、学部生の研究など、
アカデミズムの世界では何の価値も持たず、単に授業で消費されるだけ。

単位という数字に反映されればお払い箱になるものである。

でも、それでも彼は学問を選んだ。
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他にいくらでも楽しいことがあるだろうに、あえて、
学問を選んだのである。

世界で評価されることなどないと知りながら。

この事実は、「資料集に載ってみたい」などと言っていた当時の
僕には衝撃だった。

たとえば自分が突然「あと一ヶ月で死にますよ」と言われた時、
同じように授業での研究発表に向けて準備するかと言われたら、
答えは限りなく怪しかったからだ。

予備校の授業は、死ぬ直前までやる気はするが、自分の学問には、
そこまで実存をかけて向き合っていなかった。

そんな理由もあって、僕は大学に在籍していることが

「学問に対して失礼である」

と感じるようになり、結局退学してしまった。

僕は勝手に退学したのだけど、親に「退学したから」と事後報告をし、
理由を問われ上記の理由を言っても、一ミリも理解されなかった。

まあ、されるとも思っていなかったけど。

もちろん白い巨塔的なアカデミズムの実態に幻滅したというのも
あるにはあるのだけれど、自分のビジネスが忙しくなりすぎたというのも
あるにはあるのだけれど、内面的に一番大きかったのは、これである。

自分は、学問をやるために生まれてきたんじゃないんだな。
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そう素直に理解することができた。

軽い気持ちで研究職に就きたいとか言ってはいけないんだ、
人生かけれないことをこの先やっていくことは、自分のためにも
学問のためにも、これから僕と関わっていく人たちのためにも、
世界のためにもよくないんだ、と思ったのである。

そんな経験があり、どうも病気とか事故とか、そういう境遇にある人から
メールが来ると、気が引き締まってしまうのだけど、この「気が引き締まる」
という表現には少し留意してほしいと思う。

単に、

「俺もがんばるぞーおー!」

などという精神的な話ではない。

いろんなところで何度も言ってることなのだけど、

「ああ、今日が人生で最後の日なのかもしれない、だとしたら、
自分は今ここで何をすべきだろうか」

ということを考えさせてくれる、という意味である。

僕のセミナー受講生には、人をまとめたり、指導したりする立場の人が、
なんだかんだ言って多い。

俗に、「○○先生」と呼ばれる人一般である。

さすがに今のところ政治家先生は確認していないけど(笑)。

彼らに、よく言うことがある。

「人にものを教えるときは、自分の人生が今日で最後であるか、
あるいは、受講生の人生が今日で最後であると思って教えること」

というものである。

少し前「最後の授業」という本が流行ったけれど、自分の人生最後の
授業が、手抜きだったら笑顔で死ねるだろうか?

ある受講生が人生最後に受けた授業が手抜きの授業だったら、
その人はどんな気持ちで死んでいくだろうか?

明日死ぬ人間に対して

「なんでこんなこともわからないんだ、バカ、幼稚園からやり直せ」

などと思うだろうか?

その最後の瞬間を最高のものにしようと、人生で一番
充実した時間にしようと、自然と努めるのではないだろうか?

もちろん、「疑似」ではある。

自分は、本音では「死なない」と思っているし、きっと
受講生も死なないだろう。

明日も変わらずやってくるし、明後日もきっとやってくる。

でも、そう言って人は突然死んだりするのである。

「疑似」から「実感」へ橋を渡してくれるのは、たぶん
そういったある種の犠牲が必要なのだと思う。

残念ながら、それが、必要以上に「死」という感覚が希薄になった、
我々現代人の実態だ。

だから、「手抜きをするな」とか「死ぬ気でやれ」とか、そういう
スローガンというのは、スローガンで終わっては全く意味がないもので、
実際に、極力、「今日が最後の日」と思えるかどうかが大事なのだと、
日々口を酸っぱくして話している。

自戒の意味も込めて。

よく、自分には学がないからダメだとか、社会に貢献できないとか、
そんな大した人間ではないとか、そういった形で謙遜を通り超えて
自分を卑下している人がいる。

確かに知は力、あればあるだけいろいろできることには間違いない。

智恵なき行動は時として迷惑になることもある。

しかし、ひとつ自分に問いかけてほしい。

ある美しい花を愛でるのに、植物学の知識が必要なのだろうか?

生き物を愛するのに、生物学の知識が必要なのだろうか?

人間を愛するのに、哲学やその他の学問が必要なのだろうか?

大事なのは、まず気持ちの部分ではないだろうか。

学は、そのあと必要な分だけ勝手に付いてくる。

気持ちが行動を促し、行動が智恵を呼ぶ。

智恵に先立つ行動があってもいいはずではないか。

そう考えると、いま、この瞬間、この場において、自分が
何をなすべきかは、半ば自動的に決まってくるのではないかと
思う。

よくよく自分の心と向き合ってみなくてはいけないけれど。

さっきも言ったけれど、僕は、平和研究がやりたくて、
その筋では有名な大学に入学した。

程なくして、研究室に引きこもり、数字だけを見て「平和理論」
とやらを構築する学者に嫌気がさした。

と同時に、大して勉強することもなく、感情が先走って「人間の盾」
とかになりに行っちゃう人たちもどこか軽蔑していた。

自分はその中間項になりたかったし、平和研究とはそうあるべきだと
思っていたからだ。

「知行合一」をなぜこうも人びとは実践できないのか、理解できなかった。

でも最近は少し考えが変わっていて、学者にも、人間の盾にも、
それなりの意義があったのだと思うようになった。

なぜなら、彼らがいたからこそ僕のような第三項を目指せる人間も
出てくるわけだし、また僕のような人間と別の考えを持つ人間との
弁証法によってさらに新しい道が開けるかもしれない。

要するに、大切なのは何かと言えば、

「どこかで誰かが何かをしていて、それが世界に開かれている」
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ということなのだと、ようやく思い至った。

何もしない、無関心というのが最も悪しきものであると
「実感」レベルに落ちてきたのは、恥ずかしながら最近のことである。

何かをして、それが世界に開かれていて、人間関係が
築かれれば、自ずと何かが生まれる。

何もせず、閉じこもっていれば、関係ができず、
何も生まれない。

蓋を開けてみれば単純なことだった。

「起きていることがすべて正しい」かどうかはまた別の議論だが、
起きていることを全て「理解し」た後、さらなる行動を
取り続けられるか、というのは非常に重要なことだと思う。

フェヘルはピッチで、笑いながら死んだ。

金澤君は、死ぬ寸前まで自分の病気とは関係のない研究に没頭した。

「最後の授業」のパウシュ教授は、最後の最後まで周りを
爆笑させることを忘れなかった。

たとえ親類が死んでもワールドカップを取る、とペレは言った。

グラウンドで死ねたら本望や、と仰木監督は言った。

自分の仕事にそのくらいの情熱を持って、
愛を持って取り組んでいるだろうか?

自分や自分の家族や周りの人と関わっているだろうか?

情熱とは、「一生懸命頑張ること」ではない。

頑張らなくてもそれに没頭できるから情熱なのである。

誠実さとは、いつもピカピカの正義を心がけていることではない。

常に「いま、ここ」の瞬間における本心で生きることである。

天職とは、「相対的に自分に向いている職業」ではない。

向いているかどうかなんて関係ない、単に死ぬ直前に
やっていたいことである。

それを仕事にした時、それは「天職」と呼ばれる。

彼らのように、自分の人生に情熱的に、誠実に、天職を全うすることが
「正しい」ことかどうかは僕にはわからない。

でも、そういう人生を生きる人が増えれば、僕は世の中、
とても楽しくはなると思うし、僕の勝手な、理想でもある。

生きているというのは、そういうことではないのかと、
勝手に思ってもいる。

なんだか最後説教臭くなってしまって自分の筆力のなさを
呪う限りなのだけど、何か学びがあればこれ幸い。

ではでは、今回はこの辺で。

質問や感想などがあればこのメルマガに返信してくださいませ。

ありがとうございました!

木坂

追伸:基礎講座シリーズにお申込みいただいた方で、
振り込み者名がわからない人が相変わらず数名います。

一応、振り込みいただいてから7営業日以内には確認の
メールを出すようにはしていますので、それ以上過ぎているのに
メールがこない、という場合は、お振り込みいただいた日と名義をそえて、
お問い合わせください。

また、これとは別に、単に僕からのメールが届いていないケースも
あります。

すでにいただいている「確認メールが来ません」という
お問い合わせには全て返信しているはずですが、そもそも
迷惑フォルダにぶち込まれている場合や、何度送っても
受信サーバーが無言でしかし確実にはじくケースがあります。

こちらも「おや?」と思ったらあわせてお問い合わせください。

お手数おかけしますが、よろしくお願いします。