〇〇さま

ども、こんばんは、木坂です。

数ヶ月書かないかと思ったら突然この短期間に
2通書いたりして我ながらよくわからないですが、
まあ言いたいことがあってその時たまたま時間があれば
書いちゃうよ、というスタンスなので、あまり気にしないで
ください。

そういえば最近、ものすごい面白いスパムがたくさん来ます。

あまりに面白くてそのスパムだけ別フォルダで管理して
時系列に沿って熟読することにしました。

と思ったら、スパムの研究って、昔もやってたなーと
思いだし。

初心にかえるじゃないですけど、自分でまだビジネスを
やっていたわけではなく、ただひたすら勉強をしていた
あのころをなつかしむ結果となりました。

嗚呼スパムノスタルジー。

・・・そんな近況はどうでも良く、本題に入りたいと思います。

今回も1つめの記事は純粋なお勉強記事、2つ目の記事は
新しいサービスの紹介を兼ねつつ、前回のメルマガに関して
面白い質問がきたのでそれに答えます。

お好みに応じて、読んでくださいませ。

あ、ただ基礎講座にお申込みいただいた方は、追伸は
絶対に読むようにしてください。

業務連絡が書いてありますので。

ではでは、早速いきましょう。

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目次

1.タブー。

2.いろんなQ&A。

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1.タブー。

さてさて、前回僕の新しい企画をご紹介しまして、
思いの外たくさんの方に応募いただきました。

ありがたやありがたや、と思いつつ、今日は
それよりももっと重要なものを紹介したいのですが、
今年が何の年であるか、当然お分かりですね。

そう、我らがデーモン小暮閣下率いる伝説のバンドが、
期間限定で復活ミサを行うのです。

当然、皆様におかれてはすでに魔人倶楽部の会員となり、
選考申し込みで参拝券を入手済みのことと思いますが、
万が一、すっかり忘れていたということがあれば、
ぜひとも一般申し込みにて、入手してくださいませ。

あのバンドを知らずして死んではいけないと、自信を持って
お勧めすることができます。

あのバンドなら、アフィリエイトメルマガを出しても
いいと思っているくらいです(笑)。

それはともかく。

先日ですね、その閣下が御ブログにて、非常に
興味深いことを書かれていましたので、それを元に
今回記事を書きたいと思っております。

何を言っていたのか、と言えば、それはアーティストという
生き物についての洞察です。

僕も数年前より「人類総アーティスト時代」の到来を主張し、
アーティスト意識のないやつはビジネスなんかやっても生き残れない、
とずーーーーっと主張してきました。

ようやく最近、誰の目にもそれが明らかになってきたように
思えるんですが、だからこそ、この話は特に注意して理解してほしいと
思います。

タイムリーに閣下が記事を更新してくれていたのも、何かの
縁でしょう。

さて。

閣下はアーティストについて何と言っているのか。

曰く、

「アーティストは、自分の作品に心血を注いでいる。
心血を注ぐとは、命を削るとか、命をかけるという意味だ。
だからアーティストに対して絶対に言ってはいけないのは、
「今回は参加できません(買えません、行けません、見れません、
聞けませんなどなど)」である」

と。

さらにこう続けます。

「当人は気を遣って「本当はどうしても参加したいのに残念ながら
今回は見送らせてくれ」という気持ちを伝えたいのだろうが、
アーティストは、たとえどんな理由があっても、それはがっかりする」

と。

要するに、

「自分が命をかけて魂を注ぎこんだものが、その程度の扱いを
受けるのか、と思うものなのだ」

ということなのですが、これは、個人的にすごくよくわかるんですね。

僕もセミナーが高いし、脳みそにかかる負荷も時間的な負荷も
大きいから「今回は見送ります」ということをたまーに言われる
わけです。

もちろん、その気遣ってくれる気持ちは嬉しい。

だって、別に言う必要はないですからね、本来は。

勝手に知らん顔して申し込みスルーすることもできるのに、
あえて僕に申し訳なさそうに伝えてくれる。

いやいや、申し訳なんかちっともなくないって、的な。

そういう思いがもちろんあります。

ただ、同時にやはりがっかりする面があるのもまた事実なのです。

それは単純に自分の作品がその人の人生において最優先されない
というエゴイスティックな側面もあるし、同時に僕の作品を
受け取らないことでこの人はどれだけ人生損するんだろうという
独善的な側面もある。

って、どっちもエゴか。

いずれにせよ、そういった残念な気持ちがかなりあるわけですね。

芸術家、というのは、良くも悪くも自分の価値観を押し付ける存在だと
言えると思うのですが、閣下の意見は、まさにそのあたりをよく表して
いるのではないかなと思います。

「俺の作品が世界一だ」

みんなそう思っているし、またそうあるべきだろうとも思います。

でなければ、芸術なんてやってられない。

だから、売れないアーティストがよく言う

「この価値がわからないなんて世の中盆暗ばっかりだ」

というのは、一面では正しいと思いますし、そういう思いを
多少なりとも持たなければ、ダメだとも思います。

アーティストとは、良くも悪くも、大なり小なり、
そういった押しつけがましい存在なのです。

しかし、ここからがさらに大事な話になりますが、
こういう思いだけでは、あくまで一面のみ正しいのであって、
全面的には正しくないわけです。

どういうことか。

確かに、その素晴らしい価値をわからないのは大衆が盆暗だから
でしょう。

だけれども、アーティスト側としても、売れたいのか、それとも
自分を表現したいのか、どっちを優先させたいのかを決めなければ
いけないこともまた現実なのです。

表現することは誰にでもできますね。

しかしそれが世の中に受け入れられることなどほとんどない。

だから「芸術家は食っていけない」と昔から言われるわけだし、
「趣味にしとけ」「道楽でいいじゃないか」とたしなめられる。

いい作品を生み出すことと、世の中に受け入れられること、
平たく言って「売れること」は別のロジックであることを、
しっかりと認識しなければいけないのです。

となれば、表現した自分が時代に受け入れられないという事実に
気がついてしまったら、さてどうするか、を決める時だと
理解しなくてはいけません。

いつまでも「自分は曲げない、でも売れたい」では、
寿命が尽きてしまう方が先だろうと思います。

ここで一般的な傾向ですが、アーティスティックな傾向の強い人ほど、
大体「自分を表現することを優先させる」ものです。

また、なぜか「そうあるべき」という価値観があることが多い。

だから村上隆みたいな人を、芸術家は芸術家と認めたがらないんですね。

彼は、売れるもの、評価されるものを作ると断言しているからです。

昔、麻布にある彼のオフィスで彼に話を聞いたことがあるんですが、
彼は作品を「点数化」していました。

つまり、

「これは135点だから500万円前後の値段がつく。
でもこのポイントは、10年後にはこういう理由で250ポイントに
なるはずだから、その時は1000万円を超える価値になっているはずだ」

という感じです。

ある意味で感心しました。

芸術がここまで数値化できるとは、考えたことすらなかったので。

ただ同時に違和感も感じたことは、否定できません。

自分が無意識的に感じていたアーティストの姿とは、
あまりにかけ離れたあり方に見えたからです。

彼にとって、評価されることと自分を表現することは、
完全に好みのバランスであるように思えます。

たとえば、彼のところにロリコンの男性が弟子としているんですが、
彼の絵は、海外では大体600万円前後で売買されているとのことでした。

その絵を見せてもらうと、それは極めてマンガっぽくデフォルメされた
少年少女が迷彩服に身を包み、マシンガンを持って戦地にいる、
といった絵だったわけです。

これが600万。

絶対いらねー、と力強く心の中で思ったのは秘密ですが、彼は
その絵を前にして、こう言ったのです。

「この絵は、戦争をテーマにしている。それは○○ポイントになる
(具体的な数字は忘れました)。しかしローリタ性を出してしまえば、
それはマイナス○○ポイント。だから、600万円前後にしかならない。
ロリータ性を排除し、ポイントが加算されるようなものを入れて描けば
もっと価格は上がるが、この作者はそれをしたがらない。」

と。

つまり、高く売れる方法はわかっているが、ロリコンという
自分を表現することを排除してまで評価されたくない、というわけです。

評価が下がるのは承知で、自分を表現していると言い換えてもいい。

端的に言えば、自分で自分の作品のバランスを決めているんですね。

これが、現代を生きるアーティストとして正しいスタンスなのだろうと、
その時ふと感じました。

自己表現と他者の評価(≒金銭的な成功)のバランスを決めるのは、
自分自身なんだ、と。

自分を曲げてでもお金がほしいのか、名声がほしいのか、
それとも泥水すすっても100%純粋に自分を表現したいのか。

それを選ぶのは、いつも自分なのだということです。

・・・というところで終わってもいいのですが、優しい僕は
もう少し言葉を連ねたいと思います。

この話は、単純にアーティストとしての自覚を持って生きないと、
これからビジネスで食っていくことなんてとてもできませんよ、
という話でもあるのですが、実はもっと違う含みをいろいろ
持たせています。

そのひとつの例を今からお話ししますね。

昨今、媒体力がなくなってきた、という言葉をよく耳にします。

たとえば、

「いやー、最近ホントにメルマガとかからモノが売れないよねー」

とか、

「ツイッターで集客できるとか、誰が言ったの?全然ダメだよ」

とか、そういった話のことです。

こういった意見にも一理はあるので別に全否定するつもりはないですが、
一般的に、そういう話には耳を貸すな、ということは言えると思います。

というのも、「媒体力が・・・」とか「このメディアはもう・・・」とか
言っている人間というのは、世の中の本質を見る訓練をしてきていない
人だと言ってほぼ間違いないからです。

なぜか。

答えは簡単で、媒体媒体言っていますが、その媒体を作っているのは、
ほかならぬ人間だからです。

媒体がある日突然わいて出てくるわけではないですよね。

ぼーふらじゃあるまいし。

誰かが何かの意図を持って作るから、そこに媒体が生まれる。

つまり、根本的には、こういうことが言えます。

なくなってきたのは媒体力ではなく、それを作る人間の魅力である
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

と。

より具体的に言えば、媒体力が弱まる背景は二つしかないと僕は
考えています。

1.作ってる人間の実力が不足している
2.作ってる人間の感性がたまたま時代に受け入れられない

この二つです。

決して、メルマガが弱ったとか、PPCは終わったとか、ツイッターで
集客はできないとか、そういうアホな話ではないんですね。

媒体自体は無色透明で、そこに色をつけるのは人間ですから。

また、より単純な話ですが、集客というのは、そこに人がいれば必ず
できるものです。

「できる」というのはcanであって、できる可能性がある、
という意味ですから、実際にできるかどうかはその人の双肩に
かかっているわけですが、いずれにせよ、やってやれないことはない。

メルマガは終わった、と誰か有名なコンサルタントが言うとき、
そこに集客人の責任は排除されています。

言い換えれば、メルマガから集客ができない責任は、集客をする人でも
メルマガの責任者でもなく、メルマガそのものになっている。

責任が人ではなく、メルマガという単なる電子データに
なすりつけられているわけですが、これがいかにおかしなことか、
ちょっと考えればわかることでしょう。

メルマガというのは、我々人間を離れて存在できるはずはないのです。

メルマガを読んでいる人が1000人いる。

でも集客できない。

となれば、原因がメルマガそのものにないことは誰の目にも
明らかだと思うのですが、こんな当たり前のことにすら、
気がつかない人が多いわけです。

「みんなお金がないんだ、こういう時代だから」

と言って、あらぬところへ責任を転嫁したい。

自分は頑張っている、精一杯やっている、最高のものを作り、
正しい方法でビジネスを行っている、でもうまくいかないのは、
大衆が盆暗だからだ、時代が不況だからだ、と言って、自分を
守りたいだけなのです。

もちろん、時代に選ばれるか選ばれないかという視点は一面では
正しいと思います。

が、ここでも言うまでもないですが全面的には正しくない。

不況のせいとかにするのも、根本的な思い違いをしていると
言ってもいいでしょう。

いや、思いあがりと言ってもいいかもしれない。

自分が提供しているもんは最高、でもあいつら貧乏だから
しょーがねえなあ、という思いあがりです。

本当に、お前は最高のものを提供し、最善の方法を取っているのか、
寝てる間も夢でそのことについて考えてしまうほど、
心血注いでいるのか、と僕は問いたい。

閣下が言っていたような、アーティストとしての最低限の
マインドを持っているのか、と。

そしてそのあとで、自分を最高の形で表現していて、それが
受け入れられないとしたら、本音ではどうしたいのか、
と問いたい。

つまり、

表現の質を優先させるのか、売れることを優先させるのか
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

と。

表現の質を最高に保ちつつ売れれば言うことなしですが、
そんな「交通事故」みたいなことは滅多に起こりません。

そういうことが起こっちゃう人を、我々は

「時代の寵児」

と呼んだりします。

しかしおそらく我々は、そんなに恵まれた稚児ではない。

だから、ある意味で妥協しなければならないわけです。

バランスを取る、と言えば聞こえはいいですが、それは
妥協に他なりません。

この現実世界を生きるのであれば、そういう現実的なことも、
ある程度は考えなければならないのです。

全てが自分の都合よくいくんだ、という考え方も、
ある面では有効ですが、それはやはり選ばれし人にのみ
有効なのであって、僕らみたいな一般人は、もうちょっと
現実的に物事を考えることができないと、その境地には
たどり着けないのではないかなと思います。

アーティストとして、我々は自分の「作品」に
絶対の自信を持たなければなりません。

それは最低条件です。

しかし同時に、それが世の中に受け入れられないときに
どうするか、という現実的なことも必死に考えなければ
ならないのです。

しかし勘違いしてはいけないのは、これは

「自己表現か人気取りか」

という、あれかこれか式の、デジタルな二択ではない、
という点です。

イメージとしては、「自己表現」と「人気取り」を両端とする
数直線を考えてもらえればいいと思います。

「バランス」という言葉を何度か使いましたが、まさに
「自己表現」と「人気取り」の間は、アナログにべったり
しています。

その「どの辺」を選ぶか、が、アーティストとしての、
本当のセンスだと僕は思うのです。

自己表現によりすぎれば、全く受け入れられず、
そのすばらしい作品は日の目を見ることなく終わって
しまうかもしれない。

かといって人気取りによりすぎれば、人気は出るけど、
自分の表現欲求が満足されず、いつしか嫌になってしまうかも
しれない。

その辺の、バランス感覚です。

これまでの話をまとめると、人類総アーティスト時代に必要な
能力やスキルというのは、

1.自分を磨く
2.時代を読む
3.バランスを取る

という3つに集約されるということです。

つまり、ビジネスの現場でもアーティストとしての活動が
求められる今のような時代には、この三つが要求されるわけですね。

なぜアーティストでなければいけないのか、というのは、
僕の過去のメルマガでも過去の教材やセミナーたちでも
嫌というほど解説していますから今は説明しませんが、
いずれにせよ、結論だけ言えば、アーティスティックな人でなければ、
この時代は乗り切れない、というある意味でシンプルなことです。

歯車が重宝された時代は、もうとっくに終わっているのです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

今は厳密に言うと、歯車からアーティストへの過渡期だと
思っていますが、過渡できなけりゃ、その川を渡れなけりゃ、
そりゃ溺れて消えるしかないよね、という単純なお話。

もう4年くらい言っています。

そういうインフラがどんどん整ってくるから、その時に備えて
準備しておきなさいと言い続けてきました。

実際、メルマガ、ブログ、ミクシィにはじまり、今では
Youtube、twitter、USTREAM、Facebookなどなど、着々と
いろんな切り口のインフラが整いつつあります。

また、アップルの動きを見るまでもなく、そのインフラを
活かす端末も、アプリもたくさん出てきました。

ネット上のインフラと物理的な端末が連動するのは
当たり前のことですから、何をみんな騒いでいるのか僕には
皆目理解ができないのですが、いずれにせよ、この動きは今突然
始まったことではなく、数年前からあり、今ようやく誰の目にも
見えるようになってきただけのことです。

一般の人が驚くならまだしも、コンサルと呼ばれる人が

「Wow!このiPadってやつは全く驚きだぜ、HAHAHA!

などとアホ面晒して言っているとしたら、お前はこの数年間
何を見て仕事してきたんだと突っ込んでやってください。

僕に耳を傾けてくれている、このメルマガの読者のような人たちは、
きっと準備万端でこの川を渡ってくれていると信じていますが、
そんなこと言ってる僕が溺死したりして(笑)。

そうならないつもりではいるのですが、それでもその可能性があるから、
過渡期は面白いですよね。

毎日があっぷあっぷしてる感じとでも言いましょうか。

めまぐるしく時代が動くので、と言っても大方予想通りに
動いているのですが、そのスピードと量が大きいので、
息をするのも楽ではありません。

ただし、いくらあっぷあっぷしていても、決して
焦ってはいけないことだけは、老婆心からお伝えしておきたいと
思います。

なぜかと言えば、焦ればまず間違いなく溺れるからです。

それは実際の水で溺れるときと同じ。

僕は小学校のころから遠泳とか何度もやってるんで、
溺れるやつの特徴は目の前でよく見てきました。

僕は決して泳ぎはうまくないですが、僕よりもはるかに
泳ぎがうまいやつが、ガシガシ溺れて船に引き揚げられていくのです。

見ていると、理由は一つ。

ただパニくっている
~~~~~~~~~~~~~~~~~~

んですね。

ちょっと高い波がきた、クラゲがそばにきた、水を多めに飲んだ、
魚がはねた、意味もなく唐突に不安になった、などなど、何らかの
理由で突然パニックになるのです。

だから、別に泳ぎがうまくなくても、パニックにさえならなければ、
案外渡りきれるものだということを、なんとなく体が知っています。

だから、僕自身は焦ることがないわけです。

怖くないわけじゃない、不安がないわけじゃない、でも
凡人は焦ったら負けなんじゃないかなと、体験が教えてくれている。

もちろん、決して楽な川ではないですよ。

ほとんどの人は沈んでリタイアするであろう川であろうことも
わかっている。

であれば、ま、沈んだら沈んだ時考えるか、くらいの気持ちでないと、
とてもこの長い川は渡りきれないと、個人的には思っています。

気負いすぎれば、途中で体力が尽きるのも明らかですから。

そんな時代を、我々はいま泳いでいるのです。

何か参考になれば、幸いでございます。

ああ、ちょっと業務連絡ですが、アルケミーを受講している方は、
4号のレポートの創造性に関する記事(確か3番目のやつ)が
これと非常に関係が深いので、今すぐに読み返すようにしてください。

鉄は熱いうちに、です。

2.いろんなQ&A。

「いろんな」とタイトルにつけましたが、文字通り
いろんな質問に答えます。

新しいサービスに関するもの、そしてメルマガの記事に
関するもの。

まずは、先日紹介させていただいた新サービスに関してです。

1.半年後に更新できますか?

→できまっせー。

2.途中から他の講座を申し込んだり、他の講座に乗り換えたり
できますか?

→激烈面倒だけど、やれと言われればやりまっせー。

3.カード決済はありますか?

→確かレターにも書いた気がするんですが、ないです。

4.どのくらい勉強時間を取ればいいですか?

→土台次第です。

というか、勉強って、時間じゃないですよ。

せっかくなのでその辺の勘違いを改めてから受講された方が
よろしいかと。

強いて言えば、月に最低200時間くらいは勉強してください。

余った時間で仕事したりご飯食べたり寝たり遊んだりする。

こんなイメージです。

5.案内のPDFファイルが壊れていると出るのですが・・・

→たぶん時間帯や混雑具合によって、ダウンロード中に
壊れたんだと思います。

時間をおいて、何度かダウンロードしてみてください。

それでもだめなら、縁がなかったと理解しましょう、お互いに。

6.販売期間はいつまでですか?

→特に決めてないのですが、面倒になったら、って感じで
考えております。

なので、具体的にいつまでしか申し込めません、
てことはありません。

僕の気分次第です。

ですので、同じく気分次第で申し込んで下さい。

申し込めなかったら、やっぱりそれも縁ってことで。

7.価格がわかりやすくてわかりにくいです。

→それは大変失礼いたしました。

ひとつの講座を1年間申し込めば15000円。

半年なら8000円。

ふたつの講座を1年間申し込めば30000円。

半年なら16000円。

みっつの講座を1年間申し込めば40000円。

半年なら22000円。

こんな感じです。

8.価格の計算が間違っていますよ。

→ご指摘ありがとうございます。

9.受講したら、質問には確実に答えてもらえますか?

→上級コースであれば、お答えいたします。

基礎講座であれば、僕が興味を持ったものだけ、
お答えいたします。

それから、一般的にですが、今の時代、たぶん僕より
グーグル様の方が物知りですので、何か知りたいことがあったら、
まずはそちらにおたずねされるとよいかと思います。

10.3つ受講した場合、毎月3つが送られてくるということですか?

→その通りです。

厳密に言うと、書評もあわせて4つですが。

11.書評だけ販売はないですか?

→予定はありません。

ただ、第一回目の『お金のシークレット』の書評を配布して
思ったのですが、厳密な意味では書評じゃないかもしれないです(笑)。

例によって余計なことをしゃべりすぎているので、うーん、個人的に
書評のつもりではあるんですが、一般的な書評のイメージからは、
だいぶ遠いと思います。

これに限らず僕のコンテンツはすべからくそうですが、好みは、
結構わかれるかと思います。

あ、ちなみに書評に関して、受講生の方に「書評してほしい本募集」と
連絡したら、結構きまして、中でも

・ホリエモン(特定の本というよりはホリエモン自体について)

・「これからの正義について話そう」

という2つの希望が多かったので、これらは今月来月で
行いたいと思います。

しかしホリエモンて(苦笑)。

まあ最近ネットで多少騒がれていたようなので、それで気になったのかなと
思いますが、本の中身ないからなーあの人は。

まあ複数の著作を通して人間堀江貴文に迫る、というイメージで行こうかと
思っております。

文章だけを通してどこまで迫れるのか、と。

それから「これからの・・・」については、内容は政治哲学なので、
ちょっと「書評」なんてライトなテイストで終わらせることが
僕にできるのかはっきり言って自信はないのですが、まあ頑張ってみます。

これも書評というよりは、著者の意思を汲んで、この本を通して
これからの正義について考えるようなものにしたいと思ったり
思わなかったり。

あと意外と盲点だったのが

・「わが息子よ、君はどう生きるか」

でして、これも是非扱いたいと思います。

なんかFREEみたいなしょーもない本書評して楽チンに
行こうかと思った瞬間もなくはなかったのですが、案の定というか、
しんどい方向へドンドン流れております(苦笑)。

ま、その方が楽しいからいいんですけど。

FREEなんて、これといって話すことないし、
誰が話しても同じになりそうだし。

最近リバイバルブームのドラッカーやピーターゼンゲなど、
ちょいと骨太のビジネス書なんかメインにやりたいんですけどね。

どうなることやら、僕自身楽しみです。

一応、基礎講座の内容紹介は

http://www.thealchemyofintelligenceorder.com/letter/mgfd.pdf

で、申し込みフォームは

https://55auto.biz/alchemy/touroku/f_me.htm

です。

前回勘違いしている人が3人くらいいたのですが、
これはFREEではございません。

さて、新サービスについてはこのくらいで終わりにして、
メルマガの記事に関してなどいろんな質問をば。

1.「意味」と「意義」の違いは何ですか?

→マニアックなところに目をつけていただいて
ありがとうございます(笑)。

確かに僕はこの二つを並列して、つまりわざわざ二つとも
表記していました。

その「理由」を知りたい、と。

意味と意義は同じような意味に感じるのだけど、わざわざ
二つ書いているのだから、明確に使い分けているような気がする、と。

そんな質問でした。

「明確に」使い分けているかと言われれば微妙ですが、ただ
使い分けていることは間違いないです。

この質問者の方はもうあらゆる手を尽くして調べてくれまして、
広辞苑をスタートとしてネットでいろんなサイトやブログを
見て、結果こんな結論に至ったようです。

> 「意味」とは、個人的に舌で感じ分けるように微妙に
> 込められている気持ち。個人的、一人一人。
> だから「どういう意味でそんなことをしたのか分からない」と言えば、
> あの人は個人として何を目指し、何をねらっているのか分からないこと。
>
> 「意義」は、社会的に正々堂々と立派な価値があること。

さすがにいろいろ調べただけあって、きわめて肉薄していると思います。

意味、というのは「味」という単語が入っていることからも
明らかなように、

「個人のテイスト」

以上の意味を持ちません。

ですから、上の意味でほぼ同一です。

意義に関しては、「社会的に」「立派な」などの単語は、
おそらく「義」という文字からきているのだと思いますが、
僕はそこまで大上段に構えては使っていないです。

「個人を超越した」程度の意味合いです。

それが社会的に、正々堂々と、立派な価値があるかどうかまでは、
含んでおりません。

単純に個人というレベルを超えて、より大きなものに影響を
与えていく、そんなことを前提とした使い方ですね。

面白い質問でした。

2.「しょーもない人」以外にも真実を発信している人がいると
思うのですが・・・

→いると信じたいですね。

ただ、誰が真実を語っているのかを判断するのは、自分です。

「○○さんが言ってることは真実だ」程危険な判断基準も
ありませんので、その点だけ、よくよくご理解くださいませ。

インテリジェンスの講座でもお話ししていますが、我々は
「嘘のような本当の話」と「本当のような嘘の話」に
騙されます。

かつてナチスは言いました。

「大きすぎる嘘は真実となる」

と。

どういうところで我々が欺かれているのか、じっくり考えると
ちょっと面白くて、すごく怖いと思いますよ。

「わが闘争」は一読しておくといいかもしれません。

3.ワールドカップはどこが優勝すると思いますか?

→ワールドカップ?

それは食べられるんですか?

4.今まで「そーいう」だったのが今回「そういう」なのはなぜ?

→気分です。

僕の場合、ベテランの作家でも何でもないわけですから、
別に表現技法に関して硬直化したこだわりがあるわけではありません。

「そーいう」というテンションで話しかけたい時と、
「そういう」というテンションで話しかけたい時があるように、
どちらのテンションで書きたいか、が違うだけです。

野暮だとわかっていながらあえて説明を加えれば、
「そーいう」の方が「そういう」よりもインフォーマルな
響きですよね。

ただそれだけのことです。

5.もっと木坂さんお勧めの本を紹介してください。

→アマゾンのランキングに影響が出るので遠慮しときます。

というのは半分冗談ですが、読むべき本というのは、
その人によって、全く異なるのであまりお勧めというのは
できないです。

誰が、いつ、何のために本を読むのか。

それがわかって初めて、責任あるお勧めということができます。

なので漠然と「お勧めを」と言われても、多少、
躊躇があるんですよね。

そんな無責任な、と思ってしまう。

とは言え、それでバッサリ断ってしまってもアレなので、
一応僕が独善的に「これくらいは読んどけよ、人間として」
と「今現在」考える本で、比較的入手しやすいものをいくつか
挙げます。

「大衆の反逆」(オルテガ)

「精神の生態学」(ベイトソン)

「救済の星」(ローゼンツヴァイク)

「我と汝」(ブーバー)

この辺りでしょうか。

読みやすい&安いのはオルテガとブーバー、読みにくい&高いのが
ベイトソンとローゼンツヴァイクです。

お好みでどうぞ。

ちなみに、これらの本は書評では扱いません。

というか扱えません。

1冊につき1年間分の書評を使っていいなら話は別ですが(笑)。

ではでは、今回はこの辺で。

質問や感想などがあればこのメルマガに返信してくださいね。

ありがとうございました!

木坂

追伸:基礎講座シリーズにお申込みいただいた方で、
振り込み者名がわからない人が数名います。

具体的には、唐突に会社から振り込んでいるケースと、
名義の前に謎の数列(たぶん電話番号)が打電されているケースが
ありまして、ちょっと僕では確認のしようがなくどうしようかなーと
まごまごしています。

一応、振り込みいただいてから7営業日以内には確認の
メールを出すようにはしています。

それ以上過ぎているのにメールがこない、という場合は、
上記の理由で確認できていないケースが考えられるので、
お振り込みいただいた日と名義をそえて、お問い合わせください。

また、これとは別に、単に僕からのメールが届いていないケースも
あります。

すでにいただいている「確認メールが来ません」という
お問い合わせには全て返信しているはずですが、そもそも
迷惑フォルダにぶち込まれている場合や、何度送っても
受信サーバーが無言でしかし確実にはじくケースがあります。

こちらも「おや?」と思ったらあわせてお問い合わせください。

お手数おかけしますが、よろしくお願いします。