〇〇さま

ども、こんばんは、木坂です。

選挙、案の定ではありますが、日本国民の置かれている
非常に危険な状況を目の当たりにする結果となりました。

結果、と言ってもこれを書いてる段階ではまだ8割くらいの
開票率ですが、いやいやこれはさすがに、的な感じのする
展開で。

うーむ。

危険、というのは知的危険性のことですが、要するに、
ほとんどの人がまじめに考えないで、マスコミのキャンペーンに
踊らされて投票に行ったのね、ということです。

今回の結果を見て、マスコミというのが、特にキー局が
一体誰の利益を体現している存在なのか、少し調べてから
みんなテレビなどを見たらいいんじゃないかなという思いを
強くしました。

別に民主党がダメだ、他にしろってわけじゃあないですよ。

全部どんぐりです。

ただ、全部どんぐりなのに、全部どんぐりだからこそ、
この展開はおかしいだろう、という危機感が、
選挙速報とかのんきにビール片手に見てる人たちには全く
ないんだろうなあと思うと、若干怖くすらなります。

日本の未来とか、世界の未来とか、本当にどうでもいいんだな、
という感じがひしひしと伝わってくる8月30日の夜でした。

いよいよ本格的につまらない国になってきましたね。

せめて、このメルマガを読んでくれている人たちだけでも、
できることをなんとかせにゃ、と思ってくれることを願うばかりです。

ではでは、気を取り直して今日のお勉強に参りましょう。

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目次

1.中田とコロッケと池田晶子。

2.深夜ラジオの意義。

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1.中田とコロッケと池田晶子。

ある日、僕がよく行くとあるブランド店に行ったら、
ものまねで有名なコロッケがいました。

また別の日、同じ店に行ったら、サッカーで有名な
中田がいました。

平日だったので周りにあまりお客さんもいませんでしたが、
両者ともごく普通に買い物をしていました。

あまりに普通にうろついているので聞いてみたんですが、
ヒデの方は財団の衣装選びの関係できていたみたいで、
よく見るとスタッフもたくさん。

それでも私物をいくつか購入していましたけど。

僕の中では「中田=地面を引きずるマフラー」って
イメージが強烈にあるのですが、やっぱりそのときも
新作のストールを色違いで全色買い占めていきました。

よっぽど巻き物が好きなんだなあ。

さて、僕はいろんなブランド店に行ったりパーティーに
招待されたりしますが、あまり有名な人に会うことがない
かわいそうな人です。

パーティーなどはほとんど忘れてて行かないので会わないだけかも
しれませんが、それにしても、よほど会った経験がありません。

ロケなどに遭遇することもほぼ皆無です。

引きこもってるからかもしれませんが。

なので、こう立て続けにテレビで見たことがある人に遭遇し
多少なりとも交流してしまうと、少し脳みそのヘンな部分が
活発になって、しょーもない質問とかをしてしまいます。

このとき僕は店員に

「彼(=中田)とかが来ているときって、やっぱり一般の
お客さんとかは入れないんですか?」

と聞いたんですね。

自分は俄然入ってるのに(笑)。

しょーもないなーと言った直後に気がつきましたが、
このしょーもない質問が思わぬ収穫を生みました。

タナボタ万歳。

「うちは、普通に入れています」

という答えだったのですが、何故かそのときにいろんなことが
確認されたのです。

「ああ、なるほどね」

という感じで、脳内にいろんな閃きが起こる感覚。

ビジネスで最も重要なことを、期せずして確認させてもらった
経験になりました。

あくまでも「確認」ですから何か新しいことを発見したわけでは
ありません。

そんな刺激のない話をこれからするわけですが、ここで一度、
意図的に話をぶっ飛ばします。

そのうち戻りますので、気軽に読み進めてください。

日本の哲学界というか、文壇というかに、池田晶子という人がいます。

故人ですが、無駄に有名なので知っている人は多いと思います。

20歳の頃の僕はこの人を全く評価していませんでした。

「哲学を歪めて伝えている、哲学に失礼だ」と感じたからです。

まあそもそも20やそこらの小僧が誰かを評価しようなどとは
尊大も甚だしいわけですが、若気の至りということで。

しかし最近彼女の著作を読み直してみて、見方が変わりました。

僕は彼女と直接会ったことがないので、著作からしか彼女に
関する情報を得ることができません。

そのような限られたソースの中で判断するしかないわけですが、
そういった制限つきで、

「ああ、この人がやろうとしていることは、俺にはできないな」

と思ったのです。

よく彼女は「日常語で語る哲学」といった評価を受けるみたいですが、
本当にそうなんですね。

だからこそ数年前の僕は受け入れられなかったわけですが、
よくよく考えると、哲学の用語を、そこには強引さや乱暴さが
多分に含まれてしまうとは言え、徹底的に日常語に翻訳しようと
した点は、素直にすごいと思うのです。

しかも、その「日常語」のレベルが、まあタイトルに14歳とか
よくついているだけあって、本当に日常語。

誰にとっての日常語か、と言われれば、一般人にとっての
日常語。

そこまで砕いてある。

世の中には、哲学の入門書みたいなものはたくさんあります。

たくさん、というか、それこそ数え切れないくらいたくさん
あるのです。

しかし、ふと、それらを思い返してみると、この池田晶子タイプの
入門書は意外と少ないことに気がつきます。

数えるくらいしか、僕は知りません。

「池田晶子タイプ」とはどのようなものであるかと言えば、

「哲学の知識ではなく、哲学することに焦点を当てている」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ものです。

世の中にあるほとんど全ての哲学入門書は、言ってしまえば
「哲学史解説書」です。

歴史上の有名な哲学者と、その有名な学説について、
できるだけ簡単に解説しようとするものですね。

でも、池田晶子タイプは、そういったものをすっ飛ばします。

というか、見向きもしない。

このタイプは、非常に珍しく、そうですね、一番有名なのは
バートランドラッセルの著作のいくつかはその傾向がありますが、
一般的にはなかなか本にならない。

本にならない原因はいくつか考えられますが、ひとつには、
単にとても本にしにくい、という問題があるでしょうし、
人が知らない知識を教えるわけでもないので細かい満足感を
読者が得にくい、というものあるでしょう。

ですが、僕が思うに、最大の原因は

「書き手に、それだけの力がない」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ということなのです。

「哲学は物事を根本から考えるんだ」と偉そうに言っておきながら、
哲学の用語に頼らないとものを考えられなくなっている人ばかり、
というのが現実だからです。

そのような用語を一切使わず、日常語にできる限り翻訳して、
それでいて「哲学すること」を語る。

これは、哲学を学べば学ぶほど難しい作業になります。

哲学的な知識をたくさん持っていることと、哲学的な思考が
ちゃんとできることは、実はあまり相関関係がないのです。

例えば、彼女の本は、哲学的な観点から見れば、あまりに浅い議論で
終わっています。

それは一見すると、用語を使わないことにより語ることができる
部分が極端に制限されているからにも見えるのですが、また彼女が
哲学的な知識を重視しないために浅くなっているようにも
見えるのですが、実際はどちらも違うと思います。

それは、決して彼女や彼女の思考が浅いということを
意味しているわけではないんですね。

彼女は、わざと、浅いところで議論をやめている。

わざと恣意的な文章を書いたりしている。

読んでいると、そんな感じを受けます。

これが哲学にとってよいことか悪いことかという議論は
おいておくとして、その砕き方は、ちょっと常人には
できないレベルなのです。

原形をとどめない。

もう、「かほり」くらいしか残されていないのです。

しかしその「かほり」の漂わせ方に、やはり相当に
センスがある。

なんていうか、無理がないというか、ストレスがないんですね。

いや、僕にとってはむしろストレスですが(笑)、
いわゆる一般の読者の方たちにとっては、難なく
読めてしまう。

そこまでできるのが、すごいなあと。

ちなみに、このメルマガは、僕にとっての日常語よりは、
砕いているつもりです。

それでも難しいと感じる人が多いのは理解して書いています。

難しいと感じながらも、楽しんで読んでくれる人を対象に
書いているからです。

大変申し訳ないと思いつつも、理解ができない人、
する気がない人には、僕には何かを伝える力はまだないと
思っています。

が、池田晶子には、それがあった。

僕にはリーチできない層に、圧倒的にリーチできる力が
あったんです。

だからこそ、僕とは違って大衆性を獲得できたわけです。

これは、ある意味でビジネスをやっているからこそ気がついた
すごさと言えると思います。

「ターゲッティング」という観点から見た、すごさです。

ここまでターゲッティングを徹底できる人というのは、
ビジネスの世界にもほとんどいない。

村上春樹とか、文壇には意外と散見されますが。

いずれにしても、この池田晶子のターゲッティングの
ブレなさ感は相当のものがあります。

僕は結構いろんな人から

「もっと大衆性を狙っていったらどうですか?本を出したり
テレビに出たりしながら。もっともっと木坂さんを知らなくては
いけない人は世の中にたくさんいるんですよ」

と言われます。

もちろん、お世辞9割くらいだと思ってありがたくその言葉は
頂戴していますが、やっぱりそう言ってもらえるとうれしいわけです。

でも、

「えー、そーおー?じゃあやっちゃおうかなぁーあー」

なんて内心デレデレしつつも、僕にはそれができない。

テレビに出る気は1ミリもないし、って僕みたいなのを
出したい局も皆無でしょうし、出版も、過去いくつかお話を
いただいたことはありますが、いずれもお断りさせていただきました。

それは、プライドとかこだわりとか、そういった崇高なもののせいも
ある程度はあるのかもしれませんが、本質的にはそこに原因が
あるのではなく、単にそれをするだけの力がないと思うのです。

僕には、マスに訴える力がない。

力がない、というのをもう少し厳密に言えば、

「やる気が起きない」

となるでしょうか。

これは僕の未熟な部分だなあと常々思うのですが、どうしても
自分が「今」付き合いたい人以外とは、付き合う気になれないのです。

だからこそ、大衆に受ける話とか、書き方とか、
言葉遣いとか、そりゃ一応専門でやってますからわかりますけど、
できないのです。

しかし、池田晶子は、それをやっていた。

多分ですが、内心は、少なくとも若い頃の内心は、僕と同じような
感じだったと思うのです。

本当に書きたい言葉、書きたい内容は、ちょっと違ったはずなのです。

でも、彼女が偉いのは、僕とは違って非常に「大人」であった点。

やりたくないとか気が乗らないとかごちゃごちゃ言ってないで、
とにかくやったことがすごいなあ、と。

彼女と話したことはないので正しいことはよくわかりませんが、
多分、アホなやつに向けてあんな簡単な文章ばかりを書くのは、
かなりの葛藤があったと思います。

彼女が哲学者として、文筆家として優秀なのかどうかを評価することは
僕にはできませんが、それでもなんとなくわかるのです。

彼女の本のうしろ側から伝わってくる彼女の息遣いというか、
本心が、そう言っています。

一言で言えば、アホは大嫌い。

本当に心の底から嫌い。

これが彼女の本音なはずです。

でも、そこまで嫌いだからこそ、少しでもアホを少なくしたい、
という思いが誰よりも強い。

「まあ、アホでもいいじゃん?」

なんてのんきに日々を生きている人たちと違って、
彼女は本気でアホを減らそうとしていたのだと思います。

だから、あのような言葉遣いになっている。

語弊を恐れずに言えば、アホでも十分理解できる言葉を
あえて使っているのです。

僕には、その勇気はまだない。

僕は今主催しているCMCで、オルテガという人の『大衆の反逆』
課題図書に指定して、みんなに読んでもらっています。

そのとき、少なからずの人が

「この本は、結局インテリしか読まずに、本当に読むべき
大衆は読めないのでは?」

という感想を出してくれました。

まあオルテガの意図はともかくとして、僕のメルマガも実は
同じような状況に陥っています。

僕の意図としては、というか僕が生きている目的は、
「つまんねー世の中を楽しい世の中にしたい」という
最後の目標があるわけですが、その手前に

「楽しい人たちをたくさん育てたい」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

というのがあります。

楽しい人が楽しい世界を作ると思うからです。

そのためには、アホは、減らさなくてはならない。

「ならない」なんて言ってしまうと危険思想の匂いがしますが(笑)、
まあ今はそんな過激派ではないのでご安心を。

あくまでも主体性を重んじる中で、できるかぎり減らしていければな、
と思っているくらいです。

で、そうであるのならば、僕が本当にするべきは、池田晶子と
同じことなのです。

つまり、誰にでもわかる言葉で、誰にでもわかる文章を書くこと。

これが一番近道なはずなのです。

しかし現実に僕がやっているのは、どちらかと言えば既に
かなり優秀な人を、ぶち抜いたステージに押し上げること。

ごく少数の人にしか、リーチできていない、というか
リーチしようとしていないわけです。

この辺、いつも矛盾というか、葛藤を感じながら僕は
生きています。

自分なりには、それなりの理由、またの名を後付け的正当化が
いくつもあって今のような活動をしているわけですが、なかなか
現実は難しいなあ、と。

「ターゲッティングが大事です」「ビジネスはターゲッティングに
始まりターゲッティングに終わるんですよ」なんてことをしたり顔で
話しているにもかかわらず、やっぱりターゲッティングで悩む。

これが現実なんですね。

なかなかに厳しい現実ですが。

さて、ここで話をぐわっと戻します。

頑張ってついてきてください。

某ブランド店でコロッケに会い、中田に会った僕ですが、
店側は決して

「中田>コロッケ>>>>>木坂」

とは扱わなかった。

ここが、ビジネス上とても重要なんですね。

その店にとってのターゲットは誰なのか。

この辺の意識が、非常によく統一されている。

中田はまあオフィシャルで来てますからちょっと立場が
違いましたが、そのショップにとって一番直接的な数字に
なるのは、多分僕です。

知名度的には、つまり間接的な数字になるのは、
そりゃあもう中田かコロッケでしょう。

人脈のレベルが僕とは違います。

つまり、みんな違った領域で、同程度重要人物なのです。

よくブランドのお偉いさんが

「当ブランドにとっては、全てのお客様がVIPです」

的なことを言っていますね。

本当にそのように接客している店もあれば全く態度を変える
店もあるところが面白いのですが、今回のこの店は、きちんと
徹底できていたように思います。

僕のしょーもない質問に

「うちは、普通に入れています」

と答えてくれた店員の人ですが、そのアクセントは
「は」に置かれていました。

つまり、

「他ブランドさんは知りませんが、少なくともうちは、
普通にしていますよ」

というアピールなのですね。

そしてこの答えを聞いたときに、僕は池田晶子を思い出したのです。

なんて言うか、理屈ではなく、意味もわからず、思い出した感じ。

聖子ちゃん的に言えば、ビビビときた感じ。

余計わからないか。

まあとにかく、何で思い出したのかそのときはわからず、
家に帰って彼女の本を読み返し、今回のこの結論に至りました。

ああ、ターゲッティングでつながったんだ、と。

思い出した理由はそれか、と。

と同時に、いかにターゲッティングというものが難しく、
自分でさえできていない、わかっていてもできないものなのだなと
実感することになりました。

ターゲッティングはできてる、なんて思うんじゃねえぞ、
みたいな。

実際には「できていない」わけではなく、もうちょっと
事態は複雑なんですが。

「自分が情熱を持てる市場でビジネスをはじめるのがいいですか、
それともニーズが大きな市場でビジネスをはじめるのがいいですか

という最高にくだらない質問を僕にする人はさすがに
ほぼ皆無に近くなってきましたが、この「くだらなさ」は、
僕自身が悩んでいるターゲッティングにも言えることなんですよね

「自分が付き合いたい人をターゲットとしたらいいのか、
自分が付き合うべき人をターゲットにすべきなのか」

と。

そしてこのターゲッティングができないこと、ブレてしまうことの
最大の弊害は、ブランドができないことです。

村上春樹にせよ池田晶子にせよ、ある種圧倒的な
ブランドができています。

選挙に絡めて言えば、少し前の小泉さん。

彼は本当にうまいことブランドを作ったと思います。

政治家としてどうこうと言うよりも、その意味で近年稀に見る
逸材です。

その方法は、各々を詳しく言うと長くなりますが、スタートは
みな共通です。

「徹底的なターゲッティング」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

これがないと始まらないし、ブランドのブの字もできません。

今回、何でこんな話をしているかと言えば、ターゲッティングと
ブランディングについて、今一度考えてみてほしかったからです。

僕がハッと気がついて再考したように。

もちろん、ビジネスをうまくまわすために、です。

ここ1年くらい、ブランドの定義が変わった、その新しい意味での
ブランドができないとビジネスは立ち行かなくなる、という話を
いろんなセミナーで話していますが、その決定的な第一歩が
ターゲッティングなのです。

もちろん、今回の話を理解してくれていればわかると思いますが、
この「ターゲッティング」という言葉が意味しているものも、
従来マーケティングの世界で言われていたものとは異なります。

構造的に、主客が転倒していることに気がつきますか?

言葉の定義は時代に即して柔軟に変えていくべきですから、
昔何かで学んだ定義をカッチコチに絶対化しない方が
いいと思います。

いわゆるコンサルみたいな人って、もういつ習ったのそれ、
みたいなことをいまだに真理かのようにしゃべることで
お金を稼ぐのが仕事なのですが、それはどうなのかなあ、と。

特にネットの時代は、もうコロコロ変わりますからね、ルールも
何もかもが。

「ネットはルールが毎日変わっています!」とか言ってる割に、
使ってる言葉は旧石器時代の定義をいまだに採用。

これで現代をうまく説明できるとはとても思えないんですよねー
僕には。

ターゲッティングにせよブランディングにせよ、現代的な
意味を与え、実践に活かしていける形で捉え直すことを
怠ってはダメです。

今回の話。

コロッケ-中田-池田の3トップが、そのきっかけに、
とにかく何かしらを考えるきっかけにでもなってくれることを
祈っております。

ならなくても、知りませんけど(笑)。

2.深夜ラジオの意義。

先日も紹介しましたが、「和佐イズム・木坂イズム」という
大変素敵な教材が発売されています。

といっても発売は明日8月31日までで一旦終了し、
後日ボーナスなどを取っ払って再販売、という感じみたいですが、
まあとにかくまず言いたいのは、

買ってないやつは早く買え
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ってことです(笑)。

このイズムのボーナスの音声の中でも言っていますが、
僕はいつも世界60億人の人が僕の話を聞くべきだと思って
メルマガを書き、教材を作り、セミナーをやっています。

勝間和代とか村上春樹とかフォレスト出版とかそんな
しょーもないもん読んでる時間があるならこっちを読めよ、と。

ですから、例えば僕のセミナーや教材の売り上げは
ネットビジネス界という空想上の業界を作るなら、
相当高いと思いますが、でも全然納得がいってない。

毎回

「何でメルマガの読者=購入者にならないんだ?買わないやつは
みんな字が読めないのか?」

と思っているわけです。

以前ある芸能関係会社の社長から聞いたのですが、
普通「この人のCDが出たら何でも買うよ!」という
コアなファンが1万人くらいいると、そのアーティストは
トップスターになるそうです。

だから、まあ僕のメルマガから1万人とかそんな人が出てくれば
僕はもうこんな平穏な生活はできなくなってしまうわけで、
本当にそれを望むかと言われれば微妙なんですが、
でもやっぱり気にはなる。

いや、もちろんだからといってどうだと言うわけではなく、
ただ僕はよりよいものを企画して提供していくことしか
できないわけですから、「メルマガの読者=購入者」に
ならないのは単に僕の力不足なんですけどね。

その辺は1番の記事でも書いたとおりです。

それはともかく、それだけの思いと自信を持って毎回
出しているわけですから、特にこのイズムのように
安いものだけでも、是非手に入れてほしいなあと思っております。

素直な人は

http://www.41writer.net/ism/

こちらからどうぞ(笑)。

んで、ここまで言われて買う気が起きないならもう
仕方ないんであきらめますが(笑)、ここからはイズムの感想で
興味深かったものを勝手に紹介したいと思います。

普通、僕が何かセミナーをやったときとか、教材を出したとき、
メルマガを出したときにもらう感想というのは、一言で言えば
「役に立ちました」「大事なことに気がつきました」という
タイプの感想なんですね。

ある意味当たり前と言えば当たり前だと思います。

で、今回のイズムの感想でももちろんこのタイプの感想はいくつも
いただきましたが、ひとつ今までにみられなかったタイプの感想が
ありまして、それが

「深夜ラジオを思い出す笑いが盛りだくさんで最高でした」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

というもの。

このタイプの感想を複数いただいております。

この感想を読んだとき、個人的には「我が意を得たり」って
感じだったのですが、なるほど深夜ラジオね、と感心して
しまいました。

これは多分ボーナスについている対談マラソン24という
ファイルに対する感想だと思うのですが、まさに深夜ラジオの
ノリに限りなく近いです。

録音が深夜にまで及んでいた、という物理的な理由もあるかも
しれませんが(笑)、ある意味で狙った通りのテンションに
仕上がっています。

深夜ラジオ。

聞いたことない人はイメージできないのかもしれませんが、
要するにテレビなどではいろんなコードに引っかかって
「ピー」が入ってしまうような話題をメインにしゃべる、
そんな魅惑的な世界です。

もちろん全部が全部そうではないのですが、深夜ラジオの意義は
その辺りにあると僕は昔から思っています。

なぜ「ピー」が入るような話題をメインにしゃべることができるのか、
と言えば、それは単純で、

「リスナーが極めて限定されているから」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

です。

本当はテレビを支配している人たちが云々、という非常に
無視できない理由もあるのですが、それは大人の事情で割愛。

ラジオ、というメディア自体テレビに比べてユーザーが
圧倒的に少ないのに、それに輪をかけて深夜放送。

もう限りなくコアな人しか聞いていないであろうことは、
容易に想像ができますよね。

だから、まあ危ない話と言うよりも、本音をそのまま
出すことができるわけです。

今回僕らも、この「どうせ限られたコアな人しか聞かないだろう」
という思いと連日連夜の録音による疲労で妙なテンションになり、
普段ならまず話さないようなことを話しているわけです。

それは、禁断のテクニックとか、1秒で売り上げ2倍にする魔法とか、
そういった夢見る乙女のファンタジーではもちろんなく、
僕らの本音、という意味ですが。

つまり、さっき「みんな買え」とか言いましたけど、
そんなことを言いつつもホンの一部のセンスある人しか
買わないとわかってるから、そーゆーノリのものが作れるわけですよね。

センスのない人というのは、すぐヒステリックに反応するので、
その手の人が沢山買うとなれば、とてもじゃないけど、無難な話しか
できない。

それが大人の事情というやつです。

今のテレビが村上春樹の小説よりも面白くなくなったのは(どんだけ
嫌いなんだ 笑)、そーゆーセンスが皆無なアホがくだらない抗議の
電話をしまくった結果なわけじゃないですか。

そのせいでバカにつまらないバラエティ番組をやらせるしか
なくなってしまった。

中身のあるもの、毒のあるもの、風刺的なもの、そういったものは
数々のコードに引っかかるようになってしまった。

できてもU局などキー局の縛りから自由なローカル局でしかできない。

そんな中にこそ、深夜ラジオの意義があり、僕らがやっているような
21世紀型自費出版の意義があると思うのです。

どーでもいい規制が横行しているがゆえに、どーでもいいやつらの
利益だけが優先されているがゆえに、ビッグメディアに依存しない
「本物の」メディアを作る、「本当の」ことを伝えるその意義が。

初めに「みんな買いやがれ」なんて言いましたが、ぶっちゃけた話、
心の半分以上ではほとんどの人は買うはずないと思っていますし、
また買う必要も別にないと思っています。

深夜ラジオに大衆性がないのと同じで、僕らのコンテンツには
大衆性が欠けていますので。

聞きたくもないもの、読みたくもないものを買う必要が
どこにあるのか、と。

ただ、メルマガとか、過去の教材とか、何かしらツボに
はまってくれたなら、間違いなく楽しんでもらえると思います。

不思議なことに

> 最近、夜散歩しながら「和佐・木坂イズム」の音源を
> すべて拝聴させていただきました。
>
> 夜遅く、にやけながら歩いていて、すれ違う人に不振な目で
> みられたこともありましたが(笑)、楽しく学ばさせていただきました。

とか

> 先日、和佐木坂イズム、入手させていただきました。
>
> 毎日、楽しく対談音声を聞きながら走ってます。
>
> この音声、ところどころに笑いが散りばめられているので、かなり要注意です。
> 走りながら、突然ニヤっとしたり、笑い出したりしてしまいます。
> 周りから見たら、完全にヘンな人です(笑)

といったように、変質者に間違われてしまった人が既に何人か
いらっしゃるみたいですが、というかまあこの二人はある意味で本当に
変質者なのかもしれませんが(笑)、そんな副作用も楽しみつつ、
何かしら学んでいただければなあと思う次第です。

笑ったことは、記憶に定着します。

机に向かってガリ勉もいいですが、笑いながら
勉強するのもいいもんですよ。

ひとつ、頭の筋トレ、試してみてはどうでしょうか。

http://www.41writer.net/ism/

このサイトで、多分あと20時間くらい販売されているはずです。

それ以降は、魅惑と官能の深夜ラジオが手に入らなくなって
しまうみたいですよ(笑)。

ではでは、今回はこの辺で。

質問や感想などがあればこのメルマガに返信してくださいね。

ありがとうございました!

木坂