〇〇さま

ども、こんにちは、木坂です。

最近めっきりメルマガの発行頻度が落ちている今日この頃、
いかがお過ごしでしょうか。

少し前まで、忙しいからメルマガを書く時間がないんだ、と
思っていましたが、よーく考えてみると、そんなことでも
なさそうだと気がつきました。

今僕が忙しいのは、セミナーやグループ面談や個人面談を
毎月アホほどやっているからですが、そうは言っても、
このくらいは何年も前から忙しかった。

というか、単純に「時間がない」レベルとしては5、6年前の方が
高かった気がします。

今思い返しても、ちょっと尋常ではないので。

最盛期のピンクレディーよりは忙しくないけど、
最盛期のアリスよりは忙しい、的な。

なんだか余計わかりにくくなった気もしますが、それはともかく、
そのくらい忙しくても6年前は毎週メルマガを出していたわけで。

じゃあ何で今はメルマガ出せないんだろうと考えたら、ひとつ
有力な可能性を見つけました。

それは

「アウトプットの量が多くある程度満足しているから」

じゃないかな、と。

メルマガって、やっぱり伝えたいことがあって初めて出せる
ものだと思うんです。

だけど今の僕はもう毎月たくさんしゃべらせてもらって、
伝えたいことをドンドン吐き出せている環境にある。

となると、メルマガをたくさん出す理由もなくなるのかな、と。

不思議なもので、しゃべりたいことは、それこそ無限なんじゃないか
って言うくらいあるんです。

些細なことから大きなことまで、無限に広がるネタの宇宙。

今こうして書いている間もまだ、このメルマガのコンテンツは
どれにしようか悩んでいたりします。

だけど、それでも一定以上のアウトプットが安定的に
もたらされると、多少勢いが落ちるんだなあと実感して
しまいました。

もちろん金銭的な理由でセミナーなどに参加できない人も
多いことは重々承知です。

それに、たくさんの人に聞いてほしい(読んでほしい)話も
それこそ発酵してしまいそうなくらいある。

普段は「よいものは広めていかないといけない、むしろ
広めないのは罪だ」とか他人に言ってるのに、とかも
考えたり(苦笑)。

だから、ごちゃごちゃ言ってないであの頃の勢いを
取りもどさにゃ、と最近つとに感じています。

もうちょい頑張ってみようかなー。

ではでは、今日のお勉強に参りましょう。

今回は(僕にしては)短いですが、多少、
悪用しやすい内容を含みます。

ただ、モラルハザードは他所で起こっているものと決め付けて
話を進めてしまうことにします。

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目次

1.ニーズの裏側にあるもの。

2.モチベーションと不安の意外な関係。

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1.ニーズの裏側にあるもの。

ビジネスにおいて、市場のニーズを見つけ出すことは重要と
されています。

また、時にウォンツなるものを見つけ出すことも重要であると
されています。

もちろん、個人的には全く異論はないですし、多分ほとんどの
人も異論はないことでしょう。

ニーズにせよウォンツにせよ、的確に把握することができたら、
何とビジネスが楽になることか、と思います。

で、ニーズやウォンツを探っていく方法はいろんな人が
いろんなところで説明していますし、ネットビジネス大百科でも
説明しているので今回は省略。

今日、ここでお話したいのは、ニーズの異なった側面についてです。

「ニーズってのは、必要性のことでしょ?」

という表面的かつ平面的な理解から、立体的な理解へと
深めてもらうことが目的です。

深まったからといって、すぐお金になるとかそういったことは
あまりないと思うのですが、視点が変わるので、人によっては
いろんなアイディアが出てくると思います。

ちなみに、いわゆる真っ当なビジネスと悪徳商法は
表裏一体、紙一重だ、と言ったとしたら、どう感じますか?

「けしからん!」

と感じるか、それともどんな点で裏表の関係にあるのか考えるか。

まあどちらでもいいんですが、いずれにしても表裏一体であると
「実感」できる人はあまりいないんじゃないかと思います。

例えば勉強熱心な人なら、

「コピーライティングは確かに極めていくと危ういよなあ」

とか、

「テレビなんかでも都合よくデータを使ったりして、あれは一歩
間違えれば悪徳商法だよなあ」

とかいろいろ考え付くと思いますが、いろいろそれっぽいのが
思いつく割に、確信を持って「これだ!」と言えるものはなかなか
思いつかないのではないでしょうか。

それはつまり実感していない、ということなのですが、
多分ほとんどの人がそうだと思います。

そして今回お話したいのは、上記のような、テクニカルな
観点からでもありません。

もっともっとシンプルな話です。

シンプルな話はシンプルな映画のようにインパクトに欠け、
わかりやすい面白みも何もありません。

それは過去何度か僕のメルマガでも実感済みかと思います(笑)。

が、よくよく考えて理解して、さらに応用してもらえれば、
非常に意義深いものであることが多いですよね。

・・・ここは力強く同意するところです。

今回も、そんなつもりで続きを読んでくださいませ。

さてさて、そもそも論ですが、「ニーズ」とは何でしょう?

「必要性」

であることは間違いないですが、もう少し突っ込んで定義付けると
どうなるか。

「何かが不足していたり問題が生じていたりして、その解決に
必要となるもの・こと」

とかになるのかもしれません。

「明日までに借金を返済しなければいけない、だからお金が必要だ」

とか。

逆に問題は特にないけどほしいもの、それをウォンツと呼ぶ。

「この3億円の腕時計がほしい。だからもっとお金がほしい」

みたいな。

そんな感じでしょうか?

昨今の定義は。

となると、ニーズとウォンツの違いというのは、根本的には
「問題解決のためか否か」ということが言えそうですね。

ニーズ-ウォンツ分析マトリックスみたいなものが成立するためには、
このような定義上の違いがなければいけないわけです。

しかし。

こと悪徳商法においては、ニーズもウォンツも関係ありません。

関係ない、というのは「同じものとして扱っている」ということです。

悪徳商法をする人間にとって、これらは本質的に、分ける必要が
ないのです。

これが、今回の話のキモになります。

悪徳商法とは、たくさんの種類がありますが、わかりやすいのは
先祖の霊がどーのこーの言ってむやみに高いツボを売りつけたり、
健康食品業界などによく見られるメガ誇大広告などでしょうか。

もっと頑張れJARO。

んで、これらは、冷静に考えれば、買うはずのないものですよね。

「ツボ?500万円?先祖の霊?冗談は顔だけにしとけ」

で終わってしまう。

「7日で12キロ?体脂肪より寿命が大幅に削られるわ」

で終わってしまう。

つまり、悪徳商法という販売方法は、本質的な意味で
ニーズもウォンツも弱いんです。

「弱い」というのは、決して痩せたい人がいないとか
そーゆー話ではなく(というかむしろ大勢いますよね)、
理性による「判断」が優勢である、という意味ですが。

相対的な意味で、ニーズもウォンツも弱い。

なのに、なのにですよ。

ちょっと信じられないような金額を売っている。

そしてそれは、何十年、もしかしたら何百年も消えることなく、
いまだに成長産業。

それはなぜなのか、悪徳商法を実践する人たちは、一体
我々の何に訴えかけて売っているのか。

ニーズでもウォンツでもないということは、必要性でも
欲でもないということですからね。

そんなビジネスがあるのか、と。

いや、悪徳商法はビジネスではないんですけど。

ここで結論をお話します。

ニーズやウォンツの裏の顔は、「弱み」です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ビジネスはニーズやウォンツにフォーカスしますが、
悪徳商法はその裏の顔、「弱み」にフォーカスします。

どちらが強力か、どちらを刺激されたときにより心が
動いてしまうか、は今ここで僕が言う必要もないほどに
明白でしょう。

「痩せたい」というニーズの裏側にある、体型に関する
コンプレックスという弱み。

「ひどい現状を何とかしたい」というニーズの裏側にある、
「自分は悪くない、悪いのは外部の何か」と思いたい弱み。

ニーズやウォンツを少し注意深く見てみると、裏側に
弱みが存在していることがわかるはずです。

ビジネスは、まず市場のニーズやウォンツをリサーチ
しますよね。

そしてある程度把握できたと思ったら商品なりサービスを
企画して、みたいなステップを踏むと思うのですが、今日から、
ニーズを把握したら同時に弱みをも把握しているのだということを
理解する必要があります。

ビジネスは、ニーズをしっかり満たしてあげる提案という、
いわば正の側面です。

逆に弱みに付け込んだ提案を悪徳商法と呼び、これが負の側面に
なるわけですね。

より強力なのは「弱み」に訴える方ですから、合理的・効率的という
観点からはニーズやウォンツに訴えるのはよくない、ということに
なりそうではあります。

「俺はいいものを売っている、だからたくさん売りたい。それが
世の中のためなんだ。だから多少卑怯かもしれないが、より強力な
“弱み”につけ込ませてもらう。それは必要悪だ」

という発想もまかり通りそうな気がします。

そしてそれを推し進めてきたのが、昨今どーしよーもないことに
なっている世界的な旧“優良”企業の面々ですよね。

しかし、ですよ。

僕はあまり上記のやり方に感心はしません。

感心しない、なんて言うと偉そうなのですが、
嫌なもんは嫌なんだよ、と。

僕が嫌いでも「あっそう」で終わってしまいそうなので、
聖なる魂ことガンジーの言葉を拝借しましょう。

「よき目的のためには、よき手段でなければならない」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

これは何年か前ハッとさせられて以来、ことあるごとに
思い出す言葉なのですが、やっぱりそうだよなあ、と。

この言葉を初めて聞いたとき、僕は確かまだ10代で、
何かの本で紹介されていたような気がしますが、正直、
そのときは

「とても大切な考え方だけど、現実はそう簡単じゃないよなあ」

と思っていました。

ハッとはさせられたんだけど、どこかでbut…という思考が
あった。

でも、ずーっと心のどこかに引っかかってて、いろいろあって
今では「案外できるのかもな」と思うようになっています。

要するに何が言いたいのか。

ビジネスというのは、「あえて」フェアな選択をしているのだと
理解しなくてはいけないということです。

だって、やろうと思えば、より強力な「弱み」につけ込むことだって、
できるわけで。

というか、本来ならそこまでリサーチして思考しなきゃいけないわけで。

でも、弱みもわかりながら、あえて弱みにつけ込むような真似はしない。

知らないでやれないのは単なる不勉強ですが、知ってて、
でも主体的にやらない、ということが、ビジネスとしての
尊さを保証してくれる気がするんですね。

僕はよく、

「自分の子供や親に胸を張って説明できることをしているか?」

を基準にしなさいといいますけど、結局人の弱みにつけ込んでいる
意識が少しでもあると、説明に躊躇が生まれるんですね。

一見怪しく見えたとしても、100%弱みにつけ込んでいない
自覚があれば、平気な顔して説明できるのです。

99%では無理ですよ。

100%でないと。

グレーゾーンを「胸を張って」ひたすら突き進んできた企業が
どうなるのかは、昨今の世界情勢を見ていればよくわかると思います。

法律や契約などの「ルール」は、確かにフェアな取引を
志向したものでしょう。

しかし実際には

「破らなければ、何をやってもいい」

という発想を同時に生み出します。

結局、最後に従うべき最善のルールは、我が内なる道徳律、
自分の倫理観しかないわけです。

カントのようにあまりに徹底するのもまた問題だと僕は思いますが
ルールも含め、外部のものに頼っているといつか足元をすくわれると
思うのです。

だから、僕は厳密な意味では、ビジネスか悪徳商法か、は
法やその構造によって判断しません。

弱みにつけ込んだものか否かで判断します。

その方が、本質を突いていると感じるからですね。

ただ、もしかするとここまで聞いて

「ビジネスをやるなら別に弱みまで知る必要はないのでは?」

と思うかもしれません。

弱みを知るとつけ込みたくなってしまうかもしれないから・・・
みたいな。

が、それは違います。

あくまでも両方自覚しておく必要があるのです。

いろいろ理由はありますが、一番大きいのは

無意識のうちに弱みにつけ込むことを避けるため
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

でしょう。

知らず知らずのうちに相手を傷つけていた、とか、
良かれと思ってやったことが裏目に出た、という経験は
誰しもがあると思うのですが、それと同じこと。

クライアント(顧客、と言ってもいいですが)の弱みも
しっかり把握してあげることで、そこにつけ込むことを
「意識的に」避けるのです。

ニーズを知っていてそれで満足してしまうようでは、実は
十分とは言えないということをわかってください。

もちろんそれは、決してビジネスに限った話ではなく、
人間関係全般に言えることです。

そして、人間は弱い生き物ですから、「弱みにつけ込みたい・・・
という欲求が生まれたときに、それに打ち勝つ内面の強さを
得るために、ということもあります。

知らないのは単なる無知であり怠惰ですが、知っていて
打ち勝つのは強さです。

そのような属性も、このような時代には特に必要なのではないかと
思います。

ニーズ-ウォンツという、ビジネスの世界では空気のように扱われる言葉。

そういう言葉にこそ、裏側とか、深い意味とかがあったりするのです。

その手の言葉はいろいろあると思いますが、改めて考えてみると、
思わぬ発見があると思いますよ。

2.モチベーションと不安の意外な関係。

僕は今コンサルとかセミナーとかをメインに仕事をしていますが、
そしてかつては予備校の講師をしたりもしていましたが、
今も昔も変わらず受け続ける質問があります。

ダントツのトップ、とまでは言わないですが、確実にトップ5には
入るであろう回数を質問されています。

それは

「どうやってモチベーションを維持したらいいんですか」

「モチベーションが下がってしまったらどうしたらいいんですか」

という質問です。

継続は力なり、とは言うけれど、その継続が、できません、
みたいな。

そんな悩み。

僕は大抵の質問には即答できるのですが、この質問は
正直苦手だな、と今でも思います。

何度同じ質問をされても、回答が難しいのです。

普通は、同じ質問ほど答えるのが楽なものはないんですけどね。

この質問をやっかいなものにしているのは、原因が
よくわからないこと。

「何でモチベーションが上がらないのか?」

「何が原因で下がったのか?」

などが、イマイチはっきりしないことが多い。

なんとなくやる気が起こらない。

そうとしか表現できない状態なのです。

原因がわかれば、解決策もわかります。

つまり、原因がわからなければ、解決策はわかりません。

だから僕はこの質問を受けるたびにあの手この手で
「それっぽい」返答をするように苦心するわけです(笑)。

「何で木坂さんはモチベーションが下がらないのですか?」

という質問に変わることもありますが、これもまた同様に
答えにくい。

基本的には

「好きなことをやってるから下がらないんだよ」

となるんですが、それは「好きじゃないことをやっている人」に
対しては有益な答えとならないわけです。

「好きなことしかやらなければいいんですよ」

と言ってみたところで、そうは現実うまくいかないんだよ、
と考えるようにながーい教育システムにより洗脳されてきてるから
やっぱり有効打とはならない。

また、僕がやっている「好きなこと」の中にも当然程度の差は
ありまして、「すんごい好き」と「そこそこ好き」ではやはり
モチベーションに差が出てしまう。

「そこそこ好き」なことは、たまにやる気が起こらなかったり
しますが、そんな時どうするか、と言えば、

「そのことを忘れてしまう」

が答えになります。

つまり、なかったことにしちゃう。

それはやらないで他のやりたいことをやるわけです。

こうして時間が解決してくれるのを待つわけですが、
これもまた

「期限が明日なんです!」

みたいな人に対しては有益な答えとはならない。

そんなこんなで、ぐーるぐるしてしまうのが、この手の
質問なんですね。

ああ悩ましい。

また、同じくらい「将来に対する不安とかはないんですか?」
みたいな質問を受けることもあります。

つまり、今はいいかもしれないけど、将来的に全てを失ったりする
可能性は当然あるわけで、それに対して不安はないのですか、と。

もう少し言えば、

「木坂さんは不安を感じない星から来た生き物なのですか?」

という質問なのでしょう。

弱者に厳しいというイメージで、例えば貧しい人の気持ちが
全くわからない、とか思われているからなんでしょうか。

そんなことはないんですけどねー(棒読み)。

ただね、そんな質問を年に何十回も受けて、その他の質問も
何百回も受けて、本当に強く感じることがあるんです。

それは

「ああ、みんな不安の中生きてるんだなあ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ということ。

何に対する不安なのか、は人それぞれでしょうが、何かを
人に相談したりするという行為は、不安からくるものに
他なりません。

モチベーションが下がって不安。

将来が見えず不安。

成功できるかどうかわからず不安。

仲間外れにされないか不安。

いろんな不安がありますが、とにかく、相対主義の世界に生きる
現代人は何かにつけて不安なのです。

起きたら不安、朝顔を洗ったら不安、電車に乗ったら不安、
テレビをつけたら不安、誰かに会ったら不安、何かを買ったら不安、
食事をしたら不安、夢の中でも不安。

だから僕みたいな職業とか、カウンセラーみたいな
職業とかが成り立つんですね。

不安な人が一人もいなかったら、飯の食い上げになるわけで。

心理学的には、

「悩みは、相談した瞬間に解決している」

なんて言われるくらいですし。

しかしここで勘違いしないでほしいことがひとつあります。

どうも僕に悩み相談をしてくれる人というのは、

「木坂は悩みや不安とは無縁である」

と思っているような気がしてならないんですが、そんなことは
全くないんですよ。

精神科医の自殺率が異常に高いことを見てもわかるように、
悩み相談を受ける立場の人間の方が、多分悩んでいます。

ご多分に漏れず僕自身毎日様々な不安の中生きているわけで。

将来に対する不安みたいな漠然としたものは持ってないですけど。

ただ、僕が普通の悩める人と違うのは、その不安との付き合い方が、
うまいことだと思います。

「不安なんて思い込みだ!そんなのはぶっ殺せ!」

「恐怖を感じていることをやればその恐怖はなくなるんだ!」

「不安に負ける人間は弱い人間だ!打ち勝つ強い心を手に入れろ!

みたいな、スーパーマッチョな思考をして“いない”ところが
ポイントなのかな、と。

いや、個人的にはこのような考え方は好きですし、多分
僕の根本にはあると思うんですよ。

昔は100%そうやって生きていましたし。

でも、疲れてしまって(笑)。

最近では随分と力を抜いて不安と付き合うようになった気が
しています。

不安に打ち勝つことが成功の必要条件、ネガティブな思考では
成功できない、と言われて久しいですが、僕は成功するにしたがって
自分の中のネガティブな思考を許容するようになってきました。

「私の仲間はみんなポジティブです」

「ポジティブなこと以外は聞きません」

みたいなのが、どうしても吐き気をもよおしてしまうんです。

そーゆーことを言う生き物に対して、すごい嫌悪感がある
(これもネガティブな感情ですね 笑)。

これは、一般には不思議なことかもしれませんが、事実だから
しょうがない。

もちろん、全てを他人や社会のせいにして、自分では何も行動せずに
ただ文句や愚痴を並べるだけのネガティブは許容していないのですが。

自分の中にふと不安とか恐怖とか嫌悪などのネガティブな思考が
生まれてしまう、そんな現象を

「ぶっ殺さなくては!!!」

なんて思わずに、自然体で「ああ、俺は今怖いんだな」とか
思えるようになった、ということです。

そしてこの変化は、僕に非常に大きなことを教えてくれました。

僕は、これまたいろんなところで言っているんですが、
自分は人一倍臆病なんだと自己分析しています。

すごく怖がり。

変な話、このメルマガを出すのにも、毎回躊躇があったり
するわけです。

それは別に批判的なメールがきたらどうしようとかそういった
不安では全くないのですが、いずれにしても、毎回送信ボタンを
押すのが少し怖いんですね。

でも。

だからこそ、人一倍真剣に取り組むんです。

失敗はするでしょう。

人間だもの。

「俺は絶対成功する!」なんて無根拠に思えないですよ。

バカじゃないもの。

たぶん。

そんな成功哲学界の落第生である僕がどうやって成功するか、
って言ったら、やっぱり不安の中で歩みを止めない、怖がりながらも
歩き続けることしかないと思うんですよね。

止まるのは楽なんですよ。

でも、それをしてしまうと、何も変わらない。

不安も、結局は残るわけで。

どうせ残るなら、何とかうまく付き合っていければいいですよね。

となると、毎日無限に沸き起こる不安に、いちいち
打ち勝っていくのは、個別に撃破していくのは、相当しんどい。

そうしてさっき言ったような、ある種の寛容な心が
僕の中に芽生えたわけですが、そのことが僕に以下のことを
教えてくれました。

「人は、不安だからこそ頑張れる」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

何か気持ち悪い自己啓発みたいで我ながら苦笑してしまいますが、

「不安とか恐怖って、実は俺がこんなにやってる原動力なんだ」

って思ったんです。

人一倍怖いから、人一倍入念に準備をする。

人一倍不安だから、人一倍努力をする。

ネガティブな思いにも、そういう側面もあるんだ、と。

スポーツ選手が、適度なプレッシャーを歓迎するのと
似ているかもしれません。

僕は結構島田紳助が好きなのですが、彼が言っていました。

「70%の自信が日々勇気をくれ、30%の不安が努力を与えてくれる。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

成功する人の特徴を彼なりに表した言葉なのですが、
これはすごい言葉だと、いまだに思います。

100%自信でできている人は、傲慢で独りよがりに感じるでしょう。

100%不安でできている人は、話を聞いてて苦しくなるでしょう。

そう考えていくと、これは実に見事な洞察だと思います。

ただね、僕個人の場合を考えてみると、多分50-50くらいだと
思うんです。

そのくらい毎日不安。

これを聞いて「はあ?」って思う人も多いでしょうが、
本人がそうだといったらそうなのです(笑)。

「いやいやいやいや」って思うのは、多分僕が不安の部分を
見せないからだと思います。

僕個人としては、不安とか、不安からくる努力とかは
見せるべきではないと考えていて、特に僕のような仕事の場合、
結果だけ見せればいいわけですからね。

もちろん聞かれれば、どの程度僕が努力してきたか、
努力しているかはお話しますけど、聞いた人はみんな驚きます。

「そんなにやってるんじゃ、誰も追いつけないじゃないですか」

って言われます。

じゃあもっとやればいいじゃない、って思うんですが、
でもその前に、何で僕がそんなにやってるのか、
ちょっと考えてみてください。

誰かに勝ちたいとか、お金ほしいとか、そんなんで、
そこまでできるのか?と。

っていうか、現状で誰かに負けてるわけでもないし、お金も
それなりにあるし、みたいな状況にあって、それでも手を抜かずに
やり続けられますか、と。

以前と変わらず、むしろ加速してやりつづけるのは、結局、
人一倍不安だからなんですよ。

怖いから、やってしまう。

ただそれだけなんです。

なぜ僕が不安をぶち壊し、打ち勝っていくという単細胞思考に
懐疑的なのか、といえば、こういった実感があるからです。

不安があるからこそ、努力ができる。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ニーズの裏側には弱みが潜んでいたように、努力の裏側には、
不安が潜んでいる。

全ての事象でそういうわけではないでしょうが、個人的な
実感としては、そうなのです。

生まれて初めてお金をもらってセミナーを開催したときは、
一人リハーサルを3回やりました。

わずか数千円のセミナーですよ。

全て通しで、録音もして、チェックして、3回です。

飲まず食わずで丸一日かかりました。

リハーサルで声がかれました。

不安だったからです。

それが今では一回もしません。

資料ができたら、頭の中でリハーサルして、終わり。

資料が完成するのすら、本番直前。

不安がないからです。

不安がないから、リハが必要かどうかはおいといて、
努力する時間が減っているのです。

人間は、基本的に怠惰にできていると思います。

楽な方に流れる。

であれば、ある程度の強制力を、特に精神的なドライバーとしての
強制力を持たせる必要があるでしょう。

それが時に「締め切り」だったり、今回テーマにした「不安」
だったりするのです。

だから、不安というのは、打ち消すものではないんですよ。

正面から受け止めて、利用するもの
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

なのです。

そう気がついてから、精神が安定したような気がします。

本当にそうなのかどうかは、多少不安ですけど(笑)。

ではでは、今回はこの辺で。

質問や感想などがあればこのメルマガに返信してくださいね。

ありがとうございました!

木坂