○○さま

ども、木坂です。

とても残念なお知らせがひとつあります。

以前よりお知らせしている

https://www.unrevealedcopywritingsecrets.com/08_7/form/order/order.php

ですが、15日でいったんセミナーの募集をストップしました。

まあこれは前から言ってることなんで別に残念でも何でも
ないのですが、実は、カード決済の準備が今回の募集に
間に合いませんでした。

こっちのカード決済の方が、残念なお知らせです。

待っててくれた人も多いかと思うんですが、すいません。

カード決済が実現する前に申し込みストップ。

こんなこともあるんですね。

とはいえ、カードで申し込めないというわけではなく、
前回のメルマガで説明しました通り、今月のライブ参加者を
決定したのち募集再開しますので、その時にはカード決済にも
対応しているはずです。

カードで申し込む予定の人は今月ライブで参加することが
できないということになってしまいますが、Webビデオは
問題なくすべてご覧になれます。

また、来月以降のセミナーにはライブで参加してもらえるかと
思うので、そっちでぜひ、ってことでお願いします。

ではでは、今日のお勉強に参りましょう。

案外と評判のよかった会話文。

続きでございます。

ふたつめは、最近何かと話題の“破綻”に絡めて、
ほんの少しだけ抽象的な話をします。

あまり整理もしません。

徒然なるままに、書きたいと思っています。

取り留めもない抽象的な話が苦手なら読まなくてもいいです。

いつか役に立つ内容であることは、保証します。
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目次

1.成功への道しるべ~イチローとジョーダンの対話 完結編~

2.抽象的な話。

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1.成功への道しるべ~イチローとジョーダンの対話 完結編~
~第二部~
イチロー「さて、じゃあ今度は俺が長々としゃべる番かな。」

マイケル「そうだ。」

イチロー「ところでマイケル、君は試合前には何でエネルギーを
補給する?」

マイケル「エネルギー補給だって?そりゃもちろん、ゲータレードさ。」

イチロー「何年前のキャンペーンだ。まあ、君はよく頑張ったよ。
でもここ日本ではポカリとアクエリが圧倒的に強くなっちゃったんだ。
もう諦めな。」

マイケル「アメリカでは90%以上のシェアを・・・」

イチロー「日本ではポカリかアクエリなの。」

マイケル「うーん・・・。」

イチロー「とにかく、ゲータレードでも何でもいいんだけど、
とにかく試合や練習の前には十分なエネルギーを補給するよな?」

マイケル「それは当たり前だ。」

イチロー「もちろん、俺もする。ただ、俺はおにぎりなんだよ。
絶対おにぎりを食べて試合に臨む。」

マイケル「ああ、あのライスボールに海苔が巻いてある日本の
食べ物だろ?」

イチロー「そう、それだ。ただ、俺の場合は海苔は巻かない。」

マイケル「どうして?俺の知ってる日本人はみんな海苔を巻いて
食べていたし、セブンイレブンで売っているやつもみんな海苔が
ついているぜ?」

イチロー「家でおにぎりを作っていって球場に入ってから食べる
わけだが、家から海苔を巻いていたらしなしなしちゃうだろ。
それが嫌なの。」

マイケル「ヘイ、イチロー、お前には“海苔を別に持っていく”って
発想はないのかい?そしたらベリーパリパリじゃないか。」

イチロー「別に持っていったら、自分で海苔を巻かなきゃ
いけないじゃないか。」

マイケル「・・・?それがなにか問題なのか?」

イチロー「俺は、海苔を自分で巻くのがストレスなんだ。
試合のパフォーマンスに影響するほどに。だから海苔は絶対誰かに
巻いてほしい。しかし、しなしなした海苔は絶対にごめんだ。
だから俺は海苔を巻かないで食べる。」

マイケル「・・・イチロー、お前、日本でトモダチはいたかい?」

イチロー「大きなお世話だよ。」

マイケル「いやしかしそれはさすがに・・・」

イチロー「いいから最後まで聞けって。」

マイケル「ああ、まあ・・・。」

イチロー「俺が考える“成功の秘訣”の中でも、もっとも
重要視しているのがこれなんだ、実は。」

マイケル「海苔を自分で巻かないこと?」

イチロー「半分正解。正確には、

“自分がやりたくないことは、どんなに些細なことでも、絶対にやらない”

となる。」

マイケル「イチロー、それはすごくよくわかる。すごくよくわかるが、
それだと単なるワガママなやつが増えちゃう気がするぜ。もう少し
噛み砕いてくれよ。」

イチロー「要するにだ、俺は野球のプロで、君はバスケのプロだけど、
当然最高のパフォーマンスを観客に見せることが仕事だよな?」

マイケル「その通りだ。」

イチロー「だったら、パフォーマンスを下げるようなことは、
絶対にしてはいけないよな?プロとして、それも超一流のプロとして。」

マイケル「当然だ。」

イチロー「シーズン中の過度な暴飲暴食をどう思う?」

マイケル「最低だ。」

イチロー「ドラッグや酒に溺れることは?」

マイケル「愚の骨頂だ。」

イチロー「そうだろう?それはパフォーマンスを向上させないどころか
低下させ、なおかつスポーツ自体に泥を塗る行為だから絶対に許せない。」

マイケル「当たり前だ。お前は何をさっきから当たり前の話ばかり
しているんだ?」

イチロー「俺が自分で海苔を巻かないのは、これと同じなんだよ。君が
酒やドラッグに溺れず、練習をさぼらないのと同じことなんだ。」

マイケル「・・・。」

イチロー「“プロとして”という条件がついた上で、やるべきでないことは
決してやらない。それがパフォーマンスを低下させるなら、仮に周りから
“あいつはわがままだ”と陰口をたたかれてもやってはいけない。
この勇気があるやつが、まず成功すると思う。」

マイケル「よくわかった。つまり、プロには目標があって、
すべきことがある。

叩かれても、非難されても、白い目で見られても、それをやり遂げること、
それが義務であり責任である、ということだな。

そしてそれができる強い心をもったやつこそが、プロとして、
成功者として、存在しうるというわけか。」

イチロー「さすがに飲み込みがいいね。」

マイケル「何がさすがなんだ。っていうか何でお前はいつも上から目線なんだ。

・・・まあいいや。ちなみにひとつ個人的に聞きたいんだが、
俺がさっき話したことについてはどう考えてる?つまり失敗と成功の
関係についてなんだが。」

イチロー「基本的になにも異存はないよ。その通りだと思う。」

マイケル「“基本的に”ってのが引っかかるな。」

イチロー「細かいね(笑)。まあ、多少違った観点から捉えている部分は
あるんだけど・・・。」

マイケル「それが聞きたい。」

イチロー「わかったよ。その前にいくつか聞きたいんだが、例えば
ドがつくほどのフリーでレイアップシュートを外したら、それは
“失敗”かい?」

マイケル「それが成功なら、この世界失敗は存在しない。」

イチロー「じゃあ、5対1でダンクを決めることができたら、それは
“成功”かい?」

マイケル「それが失敗なら、この世に成功は存在しない。」

イチロー「では、君は、その成功と失敗のどちらから学ぶことが多い?」

マイケル「もちろん失敗だ。」

イチロー「それはなぜ?」

マイケル「なぜ・・・あらためて聞かれると少し悩むが、やはり
“できなかった理由”がそこにあって、それを知り次までに修正する
ことが大事だからじゃないか?」

イチロー「さすが。まったくその通りだ。野球で言えば、
例えば凡打の中にヒントがあるんだよ。

なぜ凡打になったのか。

それを考えることで、凡打になった理由が見つかり、修正のチャンスに
なる。ところが“なぜいい当たりになったのか?”という思考を
してしまうと、逆にパニックになるんだ。考えられる可能性が多すぎてね。

そして何より重要なのが、ヒットになった理由ってのは、
凡打の修正のように、後から確かめることができない。

このように、君が言ったことは完全に正しい。

でも、ひとつ重要な点を見落としている。」

マイケル「重要な点・・・?」

イチロー「そう。なぜ失敗から学ぶ必要があるのか、ということに関する、
非常に基本的なことだ。」

マイケル「うーん・・・。修正できるから、じゃダメなのか?」

イチロー「ダメではないよ。何度も言うけど、それは間違いなく、
100%正しいと思う。でも、もうひとつすごく基本的だけれど
重要なことがあるんだ。言われればなんてことはないと思うんだけど。」

マイケル「もったいつけずに早く話せよ。」

イチロー「・・・それはね、失敗の方が圧倒的に多いから、だよ。野球は、
10球のうち3球打てればいいんだ。つまり、7回失敗できる。というか、
7回は打ち取られてしまう。そこから学ぶ方が、単純に数の理論で見ても
2.5倍の学びが得られるはずだろう?」

マイケル「ああ、なるほど。」

イチロー「この点は、本当に見過ごされている。君が言ったように
失敗に注目した方が効率よく進歩していける。なおかつ、今俺が
言ったようにそもそも失敗の方が回数が多い。だから、失敗から
学ばなきゃいけない。

そして失敗の回数が多いということは、そもそも分母が多いということだ。

つまり、チャレンジを何度もしているということになる。

野球で言えば、三振ばかりでも腐らずに打席に立ち続けるってこと。
まあ現実にはプロとしてはそう悠長なことも言ってられないだろうが、
要するにそういうことだ。

このチャレンジは、失敗を元に考えた修正案を試す重要な機会であると
同時に、次なる学びを得る機会でもある。だから、多ければ多いほどいい。

失敗の中にこそ、様々な可能性が秘められているんだ。」

マイケル「よくわかったよ、ありがとう。」

~第三部~

イチロー「さて、なんだかいろいろしゃべってきたけど、
少しまとめようか。」

マイケル「そうだな、それがいい。多少とっ散らかった感があるし。」

イチロー「君のニーチェあたりがとっ散らかり具合のピークだけどな。」

マイケル「うるさいぞ。」

イチロー「事実じゃないか。

まあ、それはともかく、まとめよう。成功するために大事なことは、
君が言った
1.あきらめない

2.結果(ゴール)への執着心(ハングリー精神)を持つ

3.勇気(一般人が恐れる、ほんの小さな失敗を恐れない心)を持つ

4.上記を満たした上でなるべくたくさんの失敗をする
ってのがまずあげられるね。」

マイケル「そうだ。そしてお前が言った
5.“プロとして”やりたくないことは絶対にやらない

6.失敗の中にこそ様々な可能性とヒントを見出し、そこから学び
進歩し続ける
ってのがあるな。」

イチロー「そうだね。もちろん大前提としてプロ意識を持っているって
ことが挙げられることは言うまでもないけど、他に何か付け足して
おくことはある?」

マイケル「俺は子供たちにバスケを教えたときに、こう聞かれて
少し困った経験がある。

“どうしても越えられない壁に当たった時はどうしたらいいんですか?”

ってな。

もちろん、“そんなもんはない”“越えられると思えば越えられる”という
答えが正しいことは分かっているが、しかし同時に彼らにとってこの答えは
あまりピンとこないということも分かっている。お前なら何と答える?」

イチロー「簡単さ。

“壁を認識した時点で、それは必ず越えられる”

って答えるね。」

マイケル「それじゃあ俺の答えと変わらないじゃないか。」

イチロー「微妙に変わるよ。」

マイケル「どこが?」

イチロー「君の答えは、多分普通の人が聞いたら“根性論”に近く
聞こえるだろう。成功者特有の理論だ。そうするとどうなるかと言えば、

“あいつは才能があったから成功した”

って言われるんだ。君にも心当たりがあるだろう。」

マイケル「・・・大いに。」

イチロー「全く勘違いも甚だしいが、でもそれが真実なんだ。
となると、我々としては違った感情を彼らに抱かせなくてはいけない。」

マイケル「全くだ。」

イチロー「そこで今の答えが出てくる。」

マイケル「だから、俺の答えと何が違うんだ?」

イチロー「そう焦るなよ、今から説明するから。

人間、もちろん俺や君も含めてだが、何か問題に直面した時、
その問題の正体が“分かって”からその“対策”を立てて実際に
“解決”するよな?」

マイケル「そうだな。」

イチロー「つまり、問題解決には現状を把握し、原因(問題個所)を見つけ、
解決する、という3ステップを踏むわけだ。」

マイケル「その通り。」

イチロー「ある人は“越えることのできない壁に当たっている”と
絶望的な表情で言う。

さて、この人は本当に絶望的な状況にいるのだろうか?」

マイケル「いると思っていれば、いるんだろう。」

イチロー「そうだな。しかし俺は少し違う風に考えている。この人は
自分で“越えることのできない壁に当たっている”と、自分の置かれている
現状をきちんと把握しているじゃないか。

ということは、問題解決の3ステップのうち、一つ目は越えていることには
ならないか?」

マイケル「なるね。」

イチロー「ということは、次にすべきは

“なぜそれを壁だと感じているのか?”

を理解することだ。それがわかれば、二つ目のステップである
原因の発見も越えることができる。そうすればあとは実際に
問題を解決するだけだ。」

マイケル「なるほど・・・。」

イチロー「要するに、壁ってのは、それを越えられる人にしか
やってこないものなんだよ。

もう少し言えば、壁と認識できた時点で、それは越えられるんだ。

本当に越えられない壁と言うのは、やってこない。つまり

“やってきたことにすら気づけない”

ものなのさ。だから、壁だと分かった時点で、それは原理的に
越えることができるんだ。」

マイケル「つまり、壁だと認識できたらそれがなぜ壁であるかを
考えることができ、それができたら壁である理由(原因)がわかり、
それがわかれば解決法も考えることができ、それができればあとは
実践して解決するだけ、ってことか。」

イチロー「その通り。」

マイケル「確かにそこまで説明されれば、根性論と言うよりは
論理的な話に聞こえるな。」

イチロー「そうだろう?壁は、“原理的に”越えられる、というところが
ミソなんだよ。壁になった時点で、それは越えられる。
人間が作ったものを、人間が絶対に壊せるのと同じ理屈さ。
何かがわかれば、その正体さえわかれば、それは越えられるんだよ。」

マイケル「逆に、わからないものは越えられず、越えられないものは
そもそもわからない、認識すらできない、ということか。」

イチロー「そう。さすがに理解がいいね。」

マイケル「二回もお褒めいただきまして、どうも。」

イチロー「だからさ、今壁にぶつかってるとかって悩んで絶望的な気分に
なってる人、たくさんいると思うんだけどさ、そういった人たちはむしろ
喜ぶべきなんだよ。絶望しながらそんな自分に喜ぶんだ。」

マイケル「なんだか笑いながら怒る竹中直人みたいで
気持ち悪い光景だな(笑)。」

イチロー「何で竹中直人知ってるんだ、しかもそんな昔のネタを・・・。
まあとにかく、気持のよさはこの際関係ない。大事なのは

“あ、自分は今壁にぶつかって絶望している・・・やった、この壁は
もうすぐ越えられるんだ!”

って思うこと。

自分の中にもう一人の自分を住まわせるんだよ。」

マイケル「なるほどね。俺が言った“越えられると思えば越えられる“は
“諦めなければいつか越えられる”という希望的な観測を含む根性論的な
意味でしかないが、そもそも壁というのは原理的に越えられる
ものだってことか。」

イチロー「そゆこと。壁ってのは、越えるために存在してるんであって、
越えることができる人にしか認識し得ないものであって、つまり
認識できたら超えられるものなんだな。

そこをもっと理解して、自分に自信を持つべきなんだよ。」

マイケル「よくわかったよ。」

イチロー「それはよかった。じゃあ、こんな感じかな?」

マイケル「そうだな、大体しゃべりつくしたんじゃないか?」

イチロー「よし。そしたらそろそろ練習に行くか。」

マイケル「そうだな。」

イチロー「今日も壁に当たるといいな。」

マイケル「全くだ。」

~完~

2.抽象的な話。
破綻しましたね。

とてもとても大きな、資本主義のど真ん中にいる企業でした。

僕の周りにも、影響を受けている人が思いのほかたくさんいます。

それくらい世界的に大きな影響力を持った企業だった。

それが、文字通り瞬く間です(少なくとも、傍目には)。

150年の歴史は何だったのか思わざるを得ない勢いで。

この件がいろんなところに波紋を広げているのは、
家にテレビがなく新聞も読まない僕ですら知っているので、
おそらくこのメルマガを読んでいる人はもっと詳しいんだと思います。

なので、詳細は割愛。

この件について僕があーだこーだ述べるのもおかしな話ですし、
あんまり意味もないと思うし。

いろいろ言いたいことは、もちろんあるけれど。

その辺はグッとこらえて、今回は、
「木坂さんって、何で投資をやらないんですか?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
という、本当によく聞かれる問いに、答えたいと思います。

これは、究極的には
「自分の理想とするライフスタイルとはどのようなものか?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
という問いにつながっていくのですが、その辺まで
しゃべれたらしゃべりたいと思います。

例の破綻とは関係ないんじゃないか?と思うかもしれませんが、
ありますよ。

踏み台として(笑)。

セミナーやコンサルなどでは何回か答えたことあるんですが、
文章にするのは初めてなんじゃないかな。

この問いの答えは実は結構深いので、興味があれば、
コーヒーでもすすりながら読んでくださいませ。

ちなみに。

セミナーやコンサルなどでこの話を聞いた人の多くは、
「はあ?」って顔をしました。

「いやいや、さすがにそれはあまりにも・・・」って顔。

まあわかります。

普通に生きてたら、僕の言ってることは多分意味不明ですから、
そんな顔になるのはすごくよくわかります。

でも、今なら少しわかるんじゃないかな、と。

証券、そして保険。

多分、それに付随して、もっといろいろ。

世界中で。

そんな世の中になったんだから、現実のものになってるんだから、
さすがに少しはわかってほしいなあと思ったり思わなかったり。

そんな、複雑な気分でこの記事を書きます(笑)。
一般論。

ふつう、リッチになるためには、以下のような“ステップ”を
踏むのが最短ルートだと思われています。
1.なんでもいいから種銭を作る(1000万円とかそれ以上とか)

2.そのお金を投資に回す
ざっくり言えばこの2ステップです。

まあ、世の中の成功者や大金持ちの多くがこのステップを
踏んでいるわけですから、間違いではないんだと思います。

僕も、別に否定は微塵もしません。

しかし、そうなると冒頭の問いが浮上してくるわけです。
「じゃあ、何で金があるのに投資に回さないで浪費に回すんだ?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
と。

僕のお金の使い方は、僕の中では最高の投資ですが、一般的に
「頭のいい人」が見たら消費ですらなく浪費でしかないと思います。

ですから、せっかく種銭があるのだから、投資(この場合は
株や不動産を指す)に回せばいいのに、不労所得が手に入るのに、
と僕に向かって言うわけです。

「誰に向かって物を言ってるんだこのハゲが!!」

とかキレたりすることは、もう良識ある大人なので全くありませんが、
まあ、ほっといてくれよ、という気は最近します。

そんな気がしているので、ここではっきりさせておきますね。

勝手に(笑)。

どうして僕がお金を投資に回さないのか。

それは、一言で言えば
「お金を、資本主義を信用してないから」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ってことになります。

今の日本は、資本主義ですよね。

だから僕はそれを受け入れて生きています。

日本に生きてるんだから、ある意味で当然です。

さすがに今のご時世

「世界同時革命だ!」

などと理想の剣をかざすことはありません(別に理想だとも思わない
ですし)。

しかし同時に、僕は資本主義というシステムを信用していないし、
お金というものも信用していません。

よく言われることですが、お金って、信用の産物ですよね。

約20円で日銀が印刷局から買い取っている紙切れ一枚を

「これは1万円の価値があるものなんだ」

と自己洗脳して暮らしていく。

貨幣経済というのはある種の社会契約の上に成り立つ楼閣ですが、
僕はそーゆーものを無批判に信じることができない。

今回の一件でも明らかですが、信用をベースに置いた
社会契約などというものは、この上なく脆いものなのです。

ちょっとした刺激で、すぐに壊れる。

150年の歴史があっても、3万人の従業員がいても、
兆単位の資産があっても。

だってそれらは、全て「信用」という砂上の楼閣の、さらに上に
存在しているものなのですから。

世界的に景気が怪しくなると、金(ゴールド)が売れまくるのも
これが背景にあります。

金本位制に戻りたいんでしょうね、金には実体があるから。
僕が中学生くらいの時、

「公務員は、国に雇われているようなものだ。国は絶対に
倒産しない。だから公務員は一生安泰だ」

と真顔で某大人に説明されたことがあります。

僕は子供ながらに

「国が倒産しない?経済破綻してる国はじゃあ何なんだ」

と思ったわけですが、大してものを考える人間でもなかった
僕ですらそう思うくらい、何の根拠もない“信用”が
世の中にはまかり通っているわけです。

「世の中みんなバカなのか?それとも俺がバカなのか?」

って真剣に悩んだこともあります。

あまりに根拠がない情報が多すぎて、それが信じられすぎてて。

でも、そーゆー社会的な“暗黙のお約束”の上に国や国際関係は
成り立っている部分があるわけで、まあ仕方ないのかなと
大人になった最近では冷めた見方をしている自分もいるわけです。
んで。

結局はこれと同じなんですよね。

投資というのは、株にせよ不動産にせよ、国という単位を
前提とし、その枠の中にある資本主義というシステムを前提とした
営みです。

資本主義やお金、貨幣経済がなくなったら、それらの投資は
何の意味ももたないですから。

で、僕は、そーゆー諸々のシステムを信じていない。

根拠がないから。

吉本隆明の共同幻想じゃないですけど、何となくそれに
近いものを感じています。

っていうか、歴史的に何度もひっくり返ってきてるし。

むしろそっちが“信じられない”根拠なのではないか、
とすら思います。

だから、僕は本質的にお金や資本主義には価値がないと
思っています。

価値がないことに、僕の時間や労力を使うのは、あんまり
気が進まない。

そーゆー話です。
ここまで話すと、こう思うかも知れません。
「じゃあ、ビジネスは?」
って。

おまえはビジネスを好んでやっているじゃないか、
資本主義の犬じゃないか、と。

ま、そのような側面があることは認めますが、本質的に
ビジネスというのは、何らかの外部的なシステム(例えば
貨幣経済という社会契約や資本主義というシステム)に
依存しないで存在できる営みだと僕は考えています。

ビジネスとは何でしょうか?

僕は、いたるところで言っていますが
「誰かを助けてその対価をもらうこと」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
です。

もっと簡単に表現すれば、

「交換」

ですね。

何かと何かを交換することがビジネスの根本原理である、と。

つまり、原理的にはシステムではないんです(いや、すんごい
厳密に“システム”を定義すればこれもシステムになるのですが、
議論が一層煩雑になるので今は脇に置いておきます)。

目の前にいる困っている人を助けられれば、何か対価を
もらう権利を得られる。

それだけの話ですから。

すさまじく乱暴に言えばわらしべ長者みたいなもんですよ。

裸足で足が痛い人に、自分が履いているサンダルをあげる。

代わりにその人が着ているミンクのコートをもらう。

ありえない設定に対する突っ込みはもちろん無用ですが、
原理的にはこーゆーことですよね。
要するに。

ビジネスは、他者が一人以上いれば成り立つんです。

交換するモノがなければ、自分の知識を何かと交換すればいい。

交換する知識がなければ、自分の労働力を何かと交換すればいい。

交換する労働力がなければ、自分の時間を何かと交換すればいい。

ただ相手を助けることができれば、そこに交換が生まれます。

それが、ビジネスの本質です。

資本主義もお金も何も関係ないですね。

今世界のシステムが完全にぶっ壊れたとしましょう。

不動産。

単なる積み木ですね。

お金。

単なる紙と金属に戻ります。

大企業。

まあ、存在してないでしょう。

国家。

そんなシステムは崩壊しました。

何が残りますか?
・・・そう、人です。

人間が、剥き出しの人間が残されるんですよ。

そうなったとき、本当に信用できるもの、本当に“資産”と
呼べるもの、本当に“価値がある”と言えるもの、それは
なんだと思いますか?

当たり前のことをこれから言いますよ。

それは、
自分自身
~~~~~~~~
です。

自己啓発では有名ですね。

自己投資をしなさい、って。

自分が最高の財産なんだ、って。

それはそうですが、僕はもう少し乾いた視点からそう
思っているわけです。

あらゆる世界システムの崩壊など、ある種の極限状態を想定して、
そうなる前提で本当に“投資”する価値があるものは何なのか。

ああ、自分しかないじゃない、と。

そーゆー展開なわけです。

僕は自己啓発系の集団があまり肌に合わず、ニーチェがかつて
キリスト教徒を「弱者の群れ」と言った気分が少しだけ
理解できてしまうのですが、まあ、言ってることだけ見れば、
同じことです。

理由・背景はどうだっていい。

大事なのは、
自分自身に最大の、そして最高の投資をしてやりなさい
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ということです。

僕が何百万円の時計を買おうが、一泊100万円のホテルに
何泊もしようが(してないですけど)、それは僕が判断して、
「必要な投資だ」と思ったからしていること。

これが単なる浪費にしか見えない人ってのは、どうせ不動産買ったり
株を買ったりFXをやったり、ってのを投資だと

“信じさせられている人”

なんでしょう。

自分にとって本当に価値のあるものがなんであるか、
見えなくさせられている。

不動産とか、大金とか、大企業とか、そういった
遠くにある幻想ばかりを追い求め、目の前にある、というか
いつもそこにある、本当に大事なものが見えないように
洗脳されている。

国には、歴史的に何十億人も洗脳してきた実績があり、
言うなればその道のプロですからね。

まんまとはまるのもよくわかります。

かわいそうに。
前回のメルマガかな、書いたと思います。
「何かに依存するビジネスはできるだけやめなさい」

「僕はインターネットビジネスが専門なのではなく、人間が専門です」
って。

上ではビジネスの原理の話をしましたが、現実問題、
規模を大きくすればそれは当然システム化されてきます。

組織化したり、アウトソースしたり。

つまり、何か外部のものに依存する割合が高くなってくる、
ということです。

それをマーケティング用語で「レバレッジ」なんて呼んだりして
負の側面を覆い隠したりしてますが、実際には今説明したような
リスク、つまり

「自分以外の何かに振り回されるリスク」

を多分に含むのです。

レバレッジをなんだかスーパーおいしい概念であるかのように
捉えてる人が多いですけど、世の中そんなおいしい話は
ないんですよ。

「レバレッジをドンドン効かせればいいんですよ」

ってサルにも劣るコンサルが言ってるかもしれませんが、
レバレッジを効かせれば効かせるほど、リスクは加速度的に
増大するということは理解しておいてくださいね。

しかし、そうとは分かっていても、ビジネスを拡大したければ
レバレッジをかけるしかない。

ドンドンと。

だから、「起業家はリスクを取るのが仕事」なんて言われたり
するわけです。

真のリスクは、このようにきれいな言葉に覆い隠され、案外
見えないところに潜んでいたりするものなのです。

それが、本当の意味での、潜在的なリスク。
少し話がずれましたので、戻します。

なぜ僕が投資をしないのか。

まとめれば、
「僕はお金や資本主義を信じておらず、またそれゆえに価値も認めていない。

価値は、自分と自分の成長にのみ認めている。

だから「お金を保全し、増やすための投資」にはお金を使う気に
ならず、自分にダイレクトに返ってくることに使う。」
ということになります。

株投資や為替などをやっている人は、僕の周りにたくさんいます。

みんないい人です。

「家族との時間を作るために、家族をお金の心配から解放するために
不労所得が必要なんです」

「自分の理想とするライフスタイルを実現するためには
不労所得がある程度ほしいんです」

って言うんですね。

僕も、お金よりはるかにライフスタイル重視の人間なので、
とても共感できる考えです。

唯一理解できないのが、その方法を投資に求めたこと。

だって、“自分の”ライフスタイルを、どうして“自分以外の”
何かに、それも絶対自分ではコントロールできない何かに
預けちゃうのでしょうか?

株が儲かっていればいいかもしれません。

でも、ひとたび今回の破綻みたいなことが起これば、
もう全てはおしまいです。

それが、理想とするライフスタイルであり、本当に家族と自分を
お金の心配から解放する道なのでしょうか?

僕には、どうしてもそう思えない。

空論?

空論かもしれません。

だって、タイトルにも書いたじゃないですか、抽象的な話、って(笑)。

現代社会を支える原理の話を、それに対する自分の態度の話を
していますから。

リスクヘッジとかポートフォリオとか、そういった表層的な
話ではありません。

でも、この議論。

仮に1年前にされたとしたら、それよりは現実的に感じるはずです。

僕は4年前から同じことを言っていますから(進歩がない、
とも言いますが 苦笑)、4年前に言われた人は、さぞ
困惑したことでしょう。

でも、今なら、多少分かってもらえるかと思います。

現実に、いろいろ起こってきましたから。

現在の主権国家体制なんて、その基礎はウェストファリア条約ですから、
長く見積もっても350年あまりの歴史しかありません。

人類の歴史は?

まあ、諸説ありますが、アウストラロピテクスから数えれば
約400万年。

ネアンデルタール人から数えれば約20万年。

クロマニョン人から数えても、約4万年。

人類の歴史、すなわち“関係”は、これだけ続いているのです。

僕は、主権国家体制と人類の歴史だったら、後者の方が信用できます。

だから、その考えにのっとって、人間に投資をする、つまり
自分に投資をすることを選択しているんですね。

自分を高めれば、それにふさわしい“関係”が築かれます。

周りには、その時の自分にちょうどいい人間しか集まらない
ものなのです。

そして特に時代性を考慮するなら、やはり

「知は力なり」

という、ベーコンの言葉は、避けることができません。

この言葉がこれほどリアリティを持った時代もそうないでしょう。

英語にすれば、Knowledge is power.ですが、実際には
当時の時代的文脈を考慮するとpowerは適訳ではありません。

おそらく一番近いのは、weaponあたりだと思います。

しかし、現代においては間違いなくpowerです。

自然支配のための「ウエポン」だった知が、今や純粋に
「パワー」になりつつあります。

言い換えれば、楽しく生きていくために最も信用できるものであり、
よりどころである、ということ。

だったら、自分に最高の投資というのは、この「知」を
増大させるようなものなんじゃないのかなあ、と思うわけです。

間違っても、積み木や紙切れでは、ないと思うんですよ。
さて、とてもざっくり説明してしまいましたが、このあたりが、
僕が“投資”をしないで“浪費”ばかりしている理由になります。

諸々のシステムに依存した“投資”か、それとも自己の価値を
最大化させる“浪費”か。

数字のゲームか、人間関係に基づいたビジネスか。

どっちの方が確からしいか、信じるに値するか、
僕が言うまでもないと思います。

それを理解した上で、好きなように決断して、好きなように生きれば、
それでいいのではないかな、と。

資本主義のど真ん中で、文字通り命をかけて働くってのも
なんかロマンを感じますからね、個人的には多少憧れる
面もあります。

僕には、性格上できないので。

だから、誤解しないでほしいのですが、別に投資よりもビジネスだとか、
投資なんてしてるやつはバカだとか、そういった話では全然ないのです。

ろくに勉強もせずにあぶく銭狙いで投資をやる人は生粋のバカだと
思い逆に尊敬できますが、まあそんな人たちは市場から勝手に
追い出されると思うので、僕がとやかく言うことではないでしょう。

ただ、僕個人としては、あまりそこにいろんな資源を投下したくない、
価値があるとは信じることができないという、あくまでも質問の
個人的答えを述べただけなんだ、と。

そんな理解でお願いします。
うーん。

もう誰も読んでないんだろーなー(笑)。

まあ、たまにはそんな回があっても良しとしましょう。

いつもじゃないか、という心温まるコメントは、心の中に
そっと忍ばせておいてください。

もし、万が一全部読んだって場合は、ぜひもう一度「ゆっくり」
読んでみてください。

理解度が4倍以上になると思いますので。

ではでは、また次回お会いしましょうー。

ありがとうございました。

木坂

追伸:次回は、ちょっと今回触れましたけど

「価値」

についていくつかお話ししようかなと思っております。

僕はなかなかどうして、お金にも人にも恵まれていて、まあ自由を
感じるし、身軽だし、人生好き勝手できて楽しいわけです。

でもその一方でその他多くの人は、ポジティブに、強くそれを願い、
信じているにもかかわらず、なぜかいつまでも現実化しない。

一生懸命勉強もしているだろうし、実践もできる範囲でしている
だろうし。

でも、結果が・・・。

それはなぜなのか、と。

成功哲学はなぜ廃れることなく、いつの時代も流行り続けるのか。

この辺、疑問に思ったことないですか?

もし成功哲学で語られていることが本当に誰の身にも
起こるのであれば、もうとっくに世の中は全員成功者になり、
成功哲学なんてものは必要なくなってしまうと思いません?

でも、いつの時代も大流行り。

皮肉なことですが、廃れる気配もなく、それ自体が巨万の富を
生む市場となっています。

実際のところはどうなのか?

そのあたりの話がメインになると思います。

興味がなくても、書きます(笑)。