○○さま

こんにちは、木坂です。

このメルマガもついに読者が2万人を超えたんですね。

気がつきませんでした(笑)。

2万人超えるためにはリストを買うしかないとか言われて
いたのが、ついこの間のような気がしますが、またひとつ、
神話が崩れてしまいましたね。

一切リストを買ったりすることなく、懸賞サービスなどを
使うことなく、2万人。

純粋に「読んでみたい」と思ってくれている人のみが
登録してくれているメルマガで2万人を超えました。

(※「別に読みたくねーよ」って場合は最下段から
解除してください 苦笑)

ちょうど1年くらいかかったのかな、この人数になるのに。

あらためて考えてみると、ちょっとうれしいですね、
さすがに(笑)。

解除されまくって1000人とかになったら逆に面白いですが、
特にそれを狙うでもなく、ふつーにいつも通りメルマガを書いて
いこうと思います(笑)。

ネタに走るのも、ホドホドに。
ではでは、今回もしっかりお勉強していきましょう。
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目次

1.“察知力”はいかにして手に入れるか?

2.プロとアマ、そしてあなたに合った学習法。

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1.“察知力”はいかにして手に入れるか?
前回のメルマガで、今後ビジネス的成功に必要になる4つの
要素についてお話しました。

かなりヘビーな内容だったと思うので、ついでに質問も
募集したのですが、その中でも一番多かった質問が
「“察知力”って、どうやって身につけたらいいんですか?」
という、実に素朴なもの。

他にもいろんな質問をいただき、中にはすごく興味深いものも
あって是非とも僕の答えも合わせて紹介したいなあと
思ったのですが、やはりここは民主主義的に、最も多かった
質問から答えていこうかと(笑)。

察知力。

まあ、普段の僕ならば、この手の質問をされると大概は
「イキナリ答えを求めようとしないで、まずは自分の持ってる
情報の中で試行錯誤してみたらどうですか?」
って答えるんです。

昨今、数多の書籍が出ていますから、ある程度の情報は
手に入るはずなんですよ。

アイディアの出し方とか、クリエイティブなんちゃらとか、
そういった本をアマゾンで10冊も買って、読んで、
自分なりに整理して実践してみたらいいじゃないですか、
とりあえず。

少し大変かもしれないですけど、絶対何か見えますから。

「忙しい」「時間がない」「面倒くさい」「失敗したくない」
「どの本を買えばいいかわからない」・・・。

じゃ、諦めたらいいじゃないですか。

神田昌典さんが解説をしているセスゴーディンの本で
「ダメなら、さっさとやめなさい!」って本があります。

正直僕には何がいいのかよくわからない本で、
面白くもなんともなかったのですが、それでもひとつだけ
真理を突いた主張がありました。

それは、まさにタイトル。
ダメならやめたらいいんですよ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
本の言葉を借りれば「運命の谷」にきたときは死に物狂いで
頑張らなければならないけれど、行き止まりとか絶壁とかだったら、
さっさと諦めて引き返しなよ、と。

忙しくて時間がなくて面倒なことがしたくなくて
失敗も怖いなら、まあ何やっても無理ですから、
新しいことは始めずに、今のまま、ルーティーンな
毎日を送っている方が幸せだと思います。

変に崖から飛び降りることもないかなあ、と。
しかし。

まあそうは言っても「察知力」なんて妙な概念を出したのは
僕だし、あまりマッチョなことばかり言ってるのもなあと
思うので、今回は早々に解説したいと思います。

すんごい大事な概念ですし。

察知もいらない、企画もいらない、全てはセオリーとパターンと
論理で何とかなる、という意見もあるかもしれないんですが、
個人的にその立場にはかなり疑問です。

なので、全ての始まりである“察知”について、きちんと話して
おこうかな、と。

僕が普段、どうやっていろんなものを“察知”しているのか。

それをお話します。

概論よりは、具体的に実践している具体論の方がイメージ
しやすいと思いますんで。

ただ、あくまでも僕が現在実践していることですから、決して
「唯一の正解」というわけではありません。

いつものことですが、参考程度のつもりで読んでくださいね。
まずは大前提からお話します。

あまりに基本的なことですが、これで“察知”の8割は決まります。

これができてなければ、もう何やっても無駄だと言っても
いいくらいの、大事なことです。

だから“大”前提なのです。

・・・と、なんだか大上段に構えましたけど(笑)、話自体は
簡単で、
「相手にとことん興味を持つこと」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ということです。

相手というか、モノでも人でも建物でも雰囲気でも何でも
いいので、「対象」という言い方がより正しいのですが、
とにかく観察している相手に対して、いかに興味を持っているか。

これが大事だということですね。
ちょっと簡単な思考実験をしてみましょう。

誰しも、異性を好きになったことがあると思うのですが、
そのときのことを思い浮かべてください。

夜も眠れないほど、とまではいかないまでも、人生で
一番誰かを好きになった体験を。

今はもう現役を退いてしまった自覚があったとしても、
何とか思い出してください。

好きになったことなんてない、という場合は、まず
誰かを好きになってきてください。

人として。

そのくらいは。

ええ。

自戒。
・・・で。

とにかく思い浮かべたら、ちょっとそのまま考えてみて
欲しいのですが、日曜の昼ごろに「今暇?」ってメールを
送ったとして、1時間とか返事がこない場合。

素朴に

「今何してるのかな?」

とか

「友達と遊んでいるのかな?」

とか、なんかいろいろ考えませんか?

ラブレターとか書くにしても、すんごい文章とか
悩みませんか?

最初の一行とか、もう何十回も書き直したりして。

「Dear ○○」とか書いて無駄に恥ずかしくなっちゃったりして。

便箋5種類くらい机に並べて、3時間くらいどれにしようか
悩んだりして。

誕生日のプレゼントとか、何軒も店まわって、あーでもない
こーでもないと悩んだりして。

挙句にネックレスとか、あまりにふつーなものに落ち着いて。

まあ、挙げていけばキリがないですが、もうイチイチ
相手のことが気になりますよね。

自分がどう思われているのか、自分がしたことを
どう思われているのか、その一挙手一投足が気になる。
目指すべきは、この状態なのです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~^~
結局、このくらい相手に興味を持って初めて、いろんな
ものが目に付くようになるし、いろんなアイディアが出る
ようになるんですね。

このぐらい相手のことを気にすれば、いつもいつも
気にかけていれば、相手の好きな食べ物とか、欲しがっている
バッグとか、行きたがっている遊園地とか、観たがっている
映画とか、好きなスポーツとか、もうありとあらゆる情報が
手に入るわけです。

この、

「ありとあらゆる情報が手に入る」

という環境が、“察知”には不可欠になります。
僕がいろんな人と話してて思うのは、相手に対してあまりに
無関心だということ。

相手の話は真面目に聞かない。

相手の話に疑問を持たない。

相手が空腹かどうかを気にしない。

相手が飽きてないかを気にしない。

相手ののどが渇いてないかを気にしない。

相手の体調を気にしない。

相手の服装を気にしない。

相手のメイクを気にしない。

相手の髪の色を気にしない。

相手の立場を気にしない。

相手の価値観を気にしない。

相手の文化を気にしない。

相手の気持ちを気にしない。

こんな状態では、手に入る情報も手に入らなくなってしまいます。

情報が不足するということは、“察知”するための分母が
不足するということですから、当然察知の精度が落ちます。

僕はよく

「どうしてそんな短い時間でそこまでわかるんですか?」

っていろんな人から聞かれるんですが、本当に興味を持って
接すれば、10分くらいで大体のことはわかりますよ。

「インテリジェンス」って言葉で有名になった佐藤優って
人がいますが、彼がこんなことを言ってました。
「スパイが必要としている情報の98%は、新聞などの一般に
公開されている情報源から入手できる。残りは軍事機密だけだ」
つまり、全員が同じ情報に触れているにもかかわらず、
ほとんどの人はその「意味」に気がつかない。

スパイなど専門の訓練を受けた人だけが、普通の人じゃ気がつかない
「意味」に気がつく。

そーゆーことなのです。

僕はスパイ経験はないので(当たり前 笑)スパイが具体的に
どのような訓練を受けているかは知りませんが、根本にあるのは、
やっぱり対象に対する興味、だと思うんです。

「なんだろう?」
「なぜだろう?」
「知りたい!!」

という、興味。

興味があるからこそ、四六時中そのことを考えているし、
四六時中そのことを考えているから、いろんなものが
見えてくる。

そのようなメカニズムですね。

ですから、

「相手にとことん興味を持つこと」

これが大前提になるのです。
次に、多少テクニカルな話をします。

相手にとことん興味を持って、さらにそれを強化してより多くの
情報を得るためのテクニック。

そして、より多くの情報を得るだけではなくて、そこから
「真の」ニーズを探ったり、「真の」ウォンツを探ったり
する具体的な手法です。

勿体つけてもあれなのでイキナリ言いますが、その名を、
ラダリング
~~~~~~~~~~
と呼びます。

そこそこ有名な用語なので、知ってるかもしれませんね。

ラダリング。

研究者によってはなんやかや問題があるとか何とか
文句がついているラダリング(笑)。

問題が何もない完璧なリサーチ法なんてあるかいな。

まあそれはともかく、僕は結構このラダリング的な
思考をします。

ここで言うラダリングとは、簡単に言えば
「なぜ?」と問いまくる
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ってことですが、具体的には5回とか6回とか、「なぜ?」って
問うようにしています。

ただ、直接

「なぜそれが欲しいんですか?」

「なぜお金を稼ぎたいんですか?」

「なぜ化粧をするんですか?」

「なぜ生まれてきちゃったんですか?」

などと問うことは滅多にしません。

日本人は、哲学的訓練を受けた人以外ですが、「なぜ」と
聞かれるとなぜか身構えます。

すごく答えにくいんですね。

だから、「なぜ?」とは聞かないんだけど、結果として
「なぜ?」と聞いているような、そんな会話を心掛ける
必要が出てきます。

意味わかりにくいか(笑)。
例えば、
五右衛門:「なんか飲もうぜ」

ゴンザレス:「あー、ちょっと歩き疲れたからなあ」

五右衛門:「暑くてかなわん」
この単純な会話から、何がわかります?

この場合は、ゴンザレスが「聞き手」ですね。

五右衛門が「なんか飲もうぜ」と発言した時、一般人は
「そうだな、自販機ねーかなあ・・・」などと発展性のない
思考をします。

そこでゴンザレスは、「なぜ?」と頭の中で問いました。

しかし「なんで?」とそのまま聞いてしまったら、十中八九
答えに返ってくるのは

「え?喉かわいたからに決まってんだろ」

です。

だから。

ここで「なんで?」とダイレクトに問う代わりに
「歩き疲れたもんな」という、質問とは感じられない、
そして意味のあまりない発言をして五右衛門を自由に
泳がせていますね。

そして五右衛門は「暑くてかなわん」と発言しました。

つまり、

「暑いから、何か飲みたい」

という図式が彼の頭の中にはあるのであって、決して

「のどが渇いたから、何か飲みたい」

ではないわけです。

もう少し言えば、彼は何かが飲みたいというよりは、

「(暑いから)何か冷たいものを摂取したい」

という「真の」ニーズを持っているのであって、
それはもしかしたら飲み物ではなくてアイスとか
カキ氷とかの方がニーズを満たすかもしれないんですね。

この五右衛門に対してオレンジジュースをオファーするのか
抹茶アイスをオファーするのか、そんな悩みが
浮上してくることになります。

もしもゴンザレスが「なぜ?」と問わなければ、ほぼ無考えに
オレンジジュースをオファーしているでしょうし、
直接「なぜ?」と質問していても、やっぱりオレンジ
ジュースをオファーしていたはずなのです。

そこに、アイスやカキ氷の入り込む余地は皆無です。

そしてオレンジジュースが思いのほかあたらなかったとき、
ゴンザレスは果てしない闇の中に葬られることになります。

「アンケートで答えてもらったニーズを満たしたはずなのに、
なぜ売れないんだ!」

って。

「何でのどが渇いてて何か飲みたいって言うから
オレンジジュースをオファーしたのに、あっちの抹茶アイスを
買うんだ!」

って。

それは、「真の」ニーズではなく「表面的な」ニーズだったから。

気付けばすごく単純だけど、すごく多くの人が迷い込んで
抜けられなくなっている迷宮です。
せっかくなんで、もう少し“ゴンザレスと愉快な仲間たち”に
ラダーの続きをかけてみましょうか。
五右衛門:「なんか飲もうぜ」

ゴンザレス:「あー、ちょっと歩き疲れたからなあ」

五右衛門:「暑くてかなわん」

ゴンザレス:「陽射しがおかしいもんなあ」

五右衛門:「汗がペタペタして気持ち悪ぃ」
こんな感じで会話が展開したとします。

さあ、もうひとつ情報が増えました。

「汗がペタペタして気持ち悪い」です。

ここでもゴンちゃんは「陽射しがおかしい」という、
一見「感想」にしか聞こえない発言をして五右衛門を
泳がせています。

そして「汗が・・・」という情報を得ました。

ここから、例えばですが、タオルとか、うちわとか、
もしくはアイスノンとか、そういったものをオファーする可能性が
見えてきますね。

はじめの

「なんか飲もうぜ」

で終わっていたらオレンジジュースしか売る候補は
なかったわけですが、一回「なぜ?」と問うことで
アイスやカキ氷という選択肢が生まれ、さらにもう一回
「なぜ?」と問うことで今度はタオルやアイスノンまで
オファー候補になった。

ジュースとタオル。

これだけ並べたら、まさか同時に同じ人に売れるとは
考えませんね。

プールや海水浴に行く、という特殊な人になら売れるかも
しれませんが(笑)。

しかし、ラダリングをしていくことで、普通に売れる可能性が
見えてくるわけです。

どこのスーパーか忘れましたが、紙おむつの横に缶ビールを
陳列させて大成功したところがあります。

これとか、僕は秀逸な発想だと思います。

普通じゃやらないですよね。

せいぜい肉のそばに焼肉のたれを置くとか、野菜のそばに
ドレッシングを置くとか、そんな程度だと思います。

紙おむつの横に缶ビール。

どうやってこの発想が出てきたのかは知りませんが、
多分ラダリング的なリサーチで出てきたんだと思います。

僕はいろんな可能性を考えてラダリングしたら、
出てきましたから(笑)。

さてさて、いろんな例え話をしましたが、要するに“察知”
というのは、ラダリング的に起こすのが最も簡単なのです
(と僕は思っています)。

「なぜ?」と聞かずに「なぜ?」と聞く。

なんだか難しそうですが、はじめはとりあえず頭の中で
ずーっと「なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?」って唱えて
いるだけでいいと思いますよ。

そう唱えながら会話してれば、上の例みたいなシーンが
いっぱい出てくるはずですから。

あとは、それに気がつくかどうか。

つまり、相手に対して興味があるかどうか。

そこにかかっています。

そして僕が実生活のリサーチというか、観察で意識しているのは
この2点です。

「興味」と「なぜ?」が両輪となって、僕にいろんなものを
もたらしてくれます。

いろんな“察知”をもたらせてくれるのです。

何か参考になれば。

2.プロとアマ、そしてあなたに合った学習法。
僕は今年に入って、なるべく週に1回くらいはジムに通うように
努力しています。

昨年も10月くらいまでは通っていたんですが、それ以降あまりに
スケジュールが詰まってめっきり通えなくなってしまったんです。

今年の目標の一つに

「多少健康に気を使う」

ってのがありますから(笑)、運動せにゃいかんな、と。

元々運動は全般好きなのでジムに行くことは全然苦痛では
ないんですが、さすがに時間がほとんど取れないので
なかなか努力を要する営みであることを最近実感しています(笑)。
さて、今日はそのジムで気がついたことをひとつお話しようかなと
思っておりまして。

ある日、ジムで筋トレをしていたところ、あるインストラクターが
おばちゃんにトレーニング法を教えていました。

いわゆる、パーソナルトレーニングです。

30分で5000円とかしちゃうくらい結構お値段のするもの
なんですが、僕が行くときはいつも誰かしらこのパーソナル
トレーニングを受けているので、きっと大盛況なんだと
思います。

で、そのおばちゃんにレクチャーしているトレーニング法を
見聞していて僕は
「いやいや、そんなフォームじゃその筋肉には効かないって」
って思うシーンが何回もあったんですね。

筋トレは、重さより何より「フォーム」が命。

フォームが悪かったら、いくら重たいバーベルを上げても、
思うような筋力アップは望めない。

そーゆーものなんです。

ですから、僕自身フォームには結構気を遣ってトレーニングを
するわけですが、インストラクターが教えていたフォームは、
筋肉の構造とか骨格とかの知識があれば、明らかに意図した
筋肉には効かないということがわかるもの。

そんなものを、30分5000円とかもらって教えて
いるなんて・・・。

そう僕は思ったわけです。

「このインストラクターは、特に筋肉の構造とか骨格とかについて
学んでおらず、本とか雑誌とかで見たフォームを“表面的に”
真似しているだけじゃないのか」

そう思いました。

同時に、

「ああ、こーゆー表面的なことしか見ないくせに専門家ヅラして
人から大金を巻き上げる輩ってのは、ネットビジネス界に限って
存在しているわけではないんだなあ」

とも思ったわけです。

なんちゃってではなく、本物の“プロ”と呼べる存在。

そーゆー人ってのは、どの業界にもほとんどいないんだと
あらためて思ったんですね。

「あのくらいのインストラクターだったら、俺の方がきちんと
したものを教えることができるよ」

そうまで思いました。
しかしその30分後。

パーソナルトレーニングを終えたおばちゃんが、こんなことを
言ったんです。
「いつもありがとう。あなたに教えてもらうのが楽しくて
毎日ここにくるのが楽しみなのよ。これからもよろしくね。」
衝撃でした。

ああ、と。

エポックメイキング。

ブレイクスルー。

アハ体験。

そうなのか。

そうだったのか。

あのおばちゃんは、この人に教わることに何の不満もないし、
だからこそ喜んでお金を払うし、面倒くさいとか言わずに
毎日トレーニングにくるんだ、と。

そしておばちゃんはおそらく、より正しいフォームを
教えることのできる僕よりも、あのインストラクターに
習っていた方が楽しく、毎日を幸せに生きていくことが
できるんだ、と。

その意味で、
あのインストラクターは、“プロ”なんだ
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
と。
ネットビジネスにおいても、同じような構図がそこにあります。

僕から見て、ネットで「コンサル」とかをしている
情報起業家などの多くは、本当に稚拙なアドバイスしかできない、
“ニセモノ”に映るわけですが、それでもその人を必要としていて、
その人の話を聞くことでより幸せになる人は、さすがに
ゼロではないのかもしれない。

そう思ったんです。

まあ残念なことに多くの情報起業家は、単に知識や経験が
不足しているというよりは、その人間性と教えていることの
“方向性”がそもそも間違っていることが多いので、少なくとも
僕にとっては断じて許容できる対象ではないんですが、中には、
方向は正しいし人間的にもいいやつなんだけど、まだ知識などが
足りないだけ、って人もいるんですね。

そーゆー人まで、いわゆる「クソ」な人たちと一緒にして
しまうのは、同じくらい誤りだなあ、と。

僕だって、世界で信じられないくらい結果を残していて、
片手で数えるくらいのレベルにある起業家やコンサルから
見たら
「どうしてお前みたいなやつが金をもらって人様にアドバイスを?」
って映るはずですしね(苦笑)。
この体験から、僕はひとつの仮説を思いつきました。

それは、僕の今までの信念を180度ひっくり返す、
仮説です。
「もしも何かを学びたければ、一概にその分野の“一流”から
学ぶのが最良とは言えず、その人のステージに合った人間から
学ぶのも“それなりに”価値のある方法なのではないか」
こう思ったんです。

要は、“今の”自分が必要としている人間につくと、効率が
よいのではないか、と。

たとえば僕は「答え」を「いついつまでに」教えるなんて
胡散臭いコンサルで金をもらう約束をしているわけでは
ないんですが、多くの人はそれを求めてコンサルを依頼してきます。

そーゆー人にとっては、僕よりも“ふさわしい”人が世の中には
ゴマンといると思うんですね。

そういった浅薄な欲を、一時的に満たしてくれる人たちが。

僕のコンサルと言うか、アドバイスの方針は、
「相手が自分で気がつくまでヒントを出し続ける」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
であり、また「なるべく本質的、抽象的な話を多くする」という
ことも心がけています。

僕のコンサルは既に何らかの結果を出している人でないと
受けることができないので、「抽象論=根性論」という
残念な思考しかできない人たちがたむろしているこの
世界において、本質的な話とか抽象的な話とか結構喜ばれて
いますけども(笑)。

「抽象論は意味がない」と言っている人ってのは、大体

「抽象的思考力のない知的怠慢な人」

を意味し、結果的に何も成し得ない人だと僕は思っていますが、
まさにそんな構図が僕の目の前には実際にあるわけです。

セミナーなどを通して、そしてコンサルを通して、
そんな持論を確認できました。

「結果を出せない人ほど、具体的な“答え”に執着する。」

ああ、かわいそうに。
まあ、わかると思いますが、「答え」を教えず「抽象的な」話を
多くするわけですから、比較的思考力の高い人じゃないと僕の
話にはついてこれません。

これは意図的にそうしています。

もちろん具体的な質問をされれば具体的な答えを返しますし、
あるデータを参考に求められればそれを提示しますので、
いつも抽象的な話をしているわけではありませんが、
なるべく抽象的な話を混ぜようとはしています。

相手が理解できるギリギリの範囲で。

いうなれば、僕の話は縦糸が抽象的な話、横糸が具体的な話で
織られた布地みたいなものなんです。

そのどちらの糸が欠けても、きちんとした生地は織ることができない。

僕の考えでは、縦横両方抽象論とか、縦横両方具体論とか、
そんなのどちらもダメなのです。

両方の糸があって初めて、もっとも良い生地が織れる。

生地の良し悪しは、それを身にまとう人にとって、という
観点から判断されるべきものですから、当然僕もそーゆー判断で
生地を織っています。

何となく親の心境に近いんでしょうかね(笑)。

子供が求めるからといってファーストフードばっかり
与えていたら、直ちに脳みそが腐ります。

「抽象的な話は、残念ながら多くの人には求められていない」

と知りつつあえてするのは、相手に時代が変わっても
自分の頭だけで対応できるような能力を身に着けて
ほしいから。

それに尽きるわけです。

ですが、実際にはそれが耐えられない人の方が多い。

なぜなら、さっきも言ったとおりほとんどの人は「答え」を
「いついつまでに」教えてもらいたい、思考を放棄した
残念な人たちですから。

そんな人にとって、僕のアドバイスはあまり意味がないんですね。

だから、僕のアドバイスを受けるには、通常何個もハードルがあって、
かなりの高倍率の争いに勝ち残らないとダメなわけです。

あれは意地悪でやっているわけではなくて(笑)、そうすることが
お互いのためになるからやっているんです。

思考、努力、時間。

これを惜しむ人に僕のアドバイスは何の役にも立ちませんから。

僕のアドバイスを受けることができている人というのは、
ある意味で僕が認めた人なわけです。

と同時に、

「僕が役に立てる」

と実感できた人だけなのです。
ただ、これだけ厳しく選考していても、まれに“間違い”
というか“手違い”は起こります。

本当に少数ですが、どこか僕を「魔法使い」みたいに
勘違いしてお金を払ってしまう人がいるのです。

僕がそれを見抜けず、もしくは僕の勘違いで、全然そんな
ステージにないのに選考で選んでしまったりとか・・・。

残念ながら、僕は魔法は使えません。

しかも、自分のクライアントを第一に考えることもしないんです。
・クライアントのクライアントを第一に考える
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
どうしても、こーゆー考え方になってしまいます。

だから、どうやったらクライアントが最短でより大きな利益を
手にするか、ではなくて、どうしたらクライアントの
クライアントが最も大きな利益を享受できるか。

そこを考慮してしまいます(そこしか考えないわけじゃあ
ないですよ 笑)。

だから、「とにかく俺の金を」みたいな人は、もしかすると
はじめじれったくてイライラすることもあんのかも
しれないなあとは、思いつつやっています。

コンサルとしてはどうなんだよおい、って声も聞こえて
きそうですが、少し考えてみてください。

クライアントが継続して儲けるためには、
クライアントのクライアントが極めて満足してないと
ダメですよね。

当たり前の話ですが、クソなものを大量に売っていたら、
すぐに何も売れなくなってしまいます。

信用をなくし、顧客から愛想をつかされ、ビジネスができなくなる。

そんなことを僕がクライアントにさせてしまったら、クライアントが
ドンドン儲からなくなっていくわけですよね。

ビジネスが立ち行かなくなる。

そして最終的に僕が儲からなくなります(笑)。

情けは人のためならず(爆)。
まあそれは半分冗談だとしても、クライアントのクライアントを
第一に考える、というのは、おそらくコンサルとしては
まれな視点だと思います。

なぜなら、さっきから言っているようにどうしても人間は
「目先の」キャッシュを求めてしまうから。

必然的に、そーゆー人からの依頼が、どうしても多くなってしまう。

それらを全部断っていたら、仕事にならない。

だから、とりあえずこうすれば儲かりますよ的なアドバイスを
“自分のごはんのために”してしまうわけですね。
でも。
それって、どうしても頭のいい判断とは思えない。

上でやったように少し考えれば、最終的に自分の仕事が
激減することは明白なわけです。

そして、僕、クライアント、クライアントのクライアント、
その誰一人として、幸せになっていませんよね。

だから、僕はそーゆー仕事は断るし、まあ万が一手違いで
そーゆー人が紛れ込んでしまっても、大概は僕のあまりに
高い要求に耐え切れなくなって、「今現金が手に入らないなら
返金して下さい」って言ってきてくれるんで、どちらにせよ
僕の元にはいなくなる。

そーゆー構造が出来上がっています。
本当に面白いですよね。

同じようにアドバイスをしていても、2ヶ月くらいで
月収1000万円を超えてしまう人もいれば、結局何もせず
返金してくださいと言ってくる人もいる。

僕が3年位前にコンサルの依頼を受けたある会社はもうすぐ
上場しそうですが、一方で同じ時期に依頼を受けた会社は、
代金未払いのまま、ビジネスが回らなくなって逃げました。

いろんな会社や経営者、もしくは個人事業者を見ていると、
本当に興味深いです。

結果が、驚くほど違う。

それは彼らの能力のせいでもなければ、
僕のアドバイスの質の問題でもないわけです。

僕は同じようにアドバイスをしたし、彼らはみな同じように
頑張っていた。

まあ、僕が言ったことを素直に理解し、実践するかとか、
その辺の違いは大いにありましたが、それでも彼らなりには
頑張っていたと思います。

でも、この結果・差が出てしまう。

僕のクライアントで成功している人は僕のことを

「返金率0%の男」

だと思っているようですが、そんなことはもちろん
ありませんよ(笑)。

「返金要求もありますよ、ごくまれにですけど」

って言うと、本当に目が飛び出しそうな顔をする人や、
自分のことじゃないのにこの世の終わりみたいに
がっかりしてため息とかついちゃう人もいて、よっぽど
返金要求する人が、もっと言えば僕のアドバイスを受けて
成功できない人が信じられないんだろうなあと思うんですが、
両方見ている僕にしてみれば、成功しない人がいるのは、
否定できない事実です。

明らかに、一定数います。

どうしても求められた魔法をかけてあげることのできない人が、
一定の割合でいるんですね。

確かに、世の中の情報起業家やコンサルタントに比べたら
極端に低い数字だとは思いますが、それでもゼロではない。
「人よりバカなんだから、人より頭を使え。人よりバカなくせに、
人より楽して儲けようとすんな」

「自分のことばっかり考えてんじゃない。だからお前は
何やってもうまくいかないんだ」

「自己破産するやつ、倒産するやつは特に問題はないが、
自己破産や倒産を“問題だ”と思い、「私は自己破産して
全てを失って、もうどうしようもないんです」みたいな
悲劇のヒーローを気取りたがるザコは何をやってもうまく
いかないからどっか他へ行け、見てるだけでムカつく」

「金を追うな、理想の自分を追え、理想の世界を追え」
型の、僕のスタイルが合わない人ってのは、絶対いますから。

まあ、ほとんどは合わないか(苦笑)。
つまり。
世の中に、絶対のもの、自分にとって絶対的に助けになるもの、
絶対的なプロなんて存在しないということです。

どんなに神のように見える哲学者も、思索の途中で
死んでいった。

どんなに完璧な楽曲を作ったように見える作曲家も、
志半ばで死んでいった。

どんなに心をふるわせる絵を残した画家でさえ、
自分が表現したい世界の半分も表現できずに死んでいった。

僕はそう思うんです。

絶対的な領域に到達している人なんて、いない。

ある人にとっては、僕が言うこと言うこと、イチイチ大成功して、
もう金額にしたら何千万円とか何億円とかになって、まさに
僕のアドバイスは絶対的な価値を持つかもしれないけれど、
またある人にとっては、僕のアドバイスは何となく理解しにくくて、
明日のキャッシュに結びつかなくて、1円のプラスにも
ならないかもしれない。

まあ、ビジネス的には、言ったことをまがいなりにもやってくれれば
絶対に幾ばくかのプラスにはなるんですが、それでも“求めてる”
プラスにはならないかもしれない。

そーゆーもんなんです。

だったら、その人が求めている人についた方が、その人のレベルに
合った人についた方が、いいですよね。

哲学ってなんだか面白そう、って思ってる小学生が、

「どうせ習うなら一流からだ!」

とか言っていきなりハイデガーの「存在と時間」を読み出して
しまっては、最初の2行で哲学が嫌いになると思うんです。

そこはやっぱり、友人のお兄ちゃん、それもちょっと読書家の
お兄ちゃんと話してみるとか、「ソフィーの世界」みたいな、
ある種一定のレベル以上の人が読んだらつまらなくて仕方ないような
“入門用”書籍で勉強してみるとか、そういったステップが
必要になります。

そんなことに、ここ数ヶ月で僕は気がつきました。

昔は、猫も杓子もハイデガーの原典に当たれ、的な考え
だったんですね。

「“本物”から学ぶことが何より。それ以外は、むしろ遠回りだ」

って思ってました。

もちろんそれも一つの考えとして正しいでしょうし、
むしろ完全に正しいとすら思うのですが、現場にいると、
どうしても

「それは無理な要求なのかなあ」

って思ってしまうんです。

その“本物”をまず理解する土台がない、そして何とか
理解できても、今度はついていく土台がない、もしくは
ついていく気がない、そんな人にいくら「本物から学べ!」
って叫んでも、正直な話、相当難易度高いと思うんですね。

実は僕、格闘技を習いたいんですが、

「じゃあ、今日からヒョードルと一緒に練習ね」

とか言われたら、5秒くらいで逃げ出す自信があります(苦笑)。

(※ヒョードル:今世界で一番強い格闘家。多分熊にも勝てる)
要するに、こーゆーことです。

明らかに自分にその土台が出来ていない場合、その器がない場合、
“本物”に触れてしまうことはむしろ
危険
~~~~
なのではないか。

そう思うんです。

僕が誰にも負けない情熱と集中力を持って格闘技に打ち込めば、
多分ヒョードルが練習相手でも大丈夫なんだと思いますが、
残念なことにそこまでの情熱はないわけです。

だから、ヒョードルに近付くことは、危ない。
このようなことをいろいろと考え、僕は最近穏やかな考えを
許容するようになり、

「あなたが本当に求める人から学びましょうね」

ということをも、主張するようになったんです。

最高の情熱を持っている場合は、どんなに初心者でも
“本物”から学ぶといいと思いますが、そうでもない場合は、
“相応”な人から学ぶのが、一番いいんだと思います。

その意味で、冒頭で紹介したジムのトレーナというのは、
僕にとっては学ぶべき相手ではないんですが、地域の
おばちゃんたちにとっては、最良の先生なわけです。

その意味で、彼らも、プロ。

振り返ってみれば、僕は昔から
「“相応”から5歩背伸びした人」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
くらいを“相応”のフリして先生に選んでいた気がします。

ま、5歩とか正確な数字の意味はわからないんですが(苦笑)、
なんかそんなイメージだということです。

多分、傍から見たら小学生が高校生柔道チャンピオンに
喧嘩を挑むくらい、“無謀”な感じだと思います。

高校生の時は、話す相手といえば学校や予備校の先生、中身と
言えば「無限」とか「パスカル」とか「モンテーニュ」とか
「フロイト」とか「ユング」とかそんなんばっか。

高1のときは倫理の先生と「“正常”って何だ?」という
テーマで一学期間ずっと議論していました。

同じく高1のとき、予備校で仲良かった英語の先生とは
ユング心理学についてと、ヘーゲルの絶対精神について、
授業後に議論するという生活を1年間続けました。

大学に入ってからは、学問的なことは教授と、ビジネスのことは
アメリカの有名情報起業家と話していました。

専門の教授相手に完全に素人の僕が「絶対議論では負けない」
とか思って毎日自転車こいで通学してましたからね。

異常に文献読み込んで、単語の一つ一つをチェックして、
裏の裏まで読んで、議論に臨んでました。

そのくらいやるのが、教授の時間を取らせるわけですから
最低限のマナーだと思っていたし、それに本当に
負けたくなかったし(笑)。

そのくらいの背伸び感が、僕には心地よかった。

適度な緊張とストレスがあり、4割くらいはいつも意味が
わからず、口癖は

「あの人、何言ってんのかなあ・・・。」

しかしだからこそ精一杯+3くらい努力した。

カントの純粋理性批判の1行を理解するためにファミレスで
徹夜したこともあります。

参考図書を10冊近くとノートPCを持ち込んで、ひたすら。

ただブツブツとドイツ語を口走りながらあーでもない
こーでもないといろんな本をしっちゃかめっちゃかにして、
何か暗号のようなものをノートに殴り書きしている僕は
さぞかし不気味な客だったと思います(苦笑)。

甘いものばかり頼むし(笑)。

気付けば5時間飲まず食わずで、あのファミレスには本当に
申し訳なかったなあと今でも思いますが、そんなことを
結構頻繁にしていたわけです。

人間寝なくても全然平気なんだってことも、そのとき知りました。

その結果、多分人よりも伸びが速かった。

自分で「人よりも伸びが速かった」とか言うのは結構
恥ずかしいものがあるのですが、そしてあまり周りと比較したりは
しないんですが、今現在の実感として、そんな気が、しています。

あれは一昨年かな、詳しくは忘れましたが、慶応に行っている友人の
卒論を2時間で書いて、評価Aでしたからね(笑)。

そのくらいには、伸びたわけです。
僕は、自分の頭のできが元からいいわけではないことを
よく知っています。

過去、何度となく自分の無能さを呪いました。

でも自分を呪ってても何の進歩もないんですよね。

そこに気づいてから、

「人よりも3倍バカなら、人の5倍勉強すればいいじゃねーか」

という、前向きと言うか体育会系特有の結論に至り(笑)、
今までやってきました。

そのおかげで、今言ったように伸びは速かったと思います。

まあ、速いって言うか、人より多くやってただけですけど(苦笑)。

単位時間当たりで見たら、むしろ遅いんだと思います(爆)。

しかし僕が恵まれていたのは、僕の無謀とも言える、
身の程知らずとも言える“挑戦”を、バカにせず受けてくれた
各先生たちがいたということです。

僕が本気であることが伝わったのか何なのかわかりませんが、
みんな嫌な顔せず議論の相手をしてくれ、矛盾や問題を指摘
してくれ、僕の自信を粉みじんにしてくれました(笑)。

粉みじんになった僕の自信を、さらに踏みつけて
ぐりぐりしてくれました(笑)。

そーゆー人たちが、僕の周りにはたくさんいました。

そのおかげで、今の僕があります。
・・・さあ、いよいよ話が発散してきましたが(笑)、
まとめです。

「あなたが本当に求める人から学びましょうね」

とさっき言いましたが、これがあなたに一番適した
学習法です。

変にカッコつけなくていいです。

変に周りを意識することもない。

自分の内なる声に耳を傾け、耳をすまし、素直に従いましょう。

どうでしょうか?

僕みたいに

「無理しろ、背伸びしろ、カッコつけろ、お前は一番だ、一流から
学べ、尊敬できる人以外には近付くな」

って声がしましたか?

したらあなたには変態の素養が備わっているという
ことです(笑)。

「無難にいこうぜ無難に、無理はよくないよ」

って声がしましたか?

したらあなたは極めて“常識的な”育ち方をしているんだと
思います。

いずれにしても、心の声を無視して何かすることは、
非常なストレスになります。

静かな場所で、お気に入りの飲み物を持って、リラックスして、
どうぞごゆるりと自分と対話してみてください。

このせわしない時代に、とても重要な営みだと思いますよ。

すごく得るものが多いことをお約束します。

騙されたと思って、やってみてくださいな。

ではでは、また次回お会いしましょうー。

ありがとうございました!

木坂

追伸:あ、ようやく昨年行ったコピーライティングセミナーの
映像編集やジャケットデザインが7割がたできました。

てかそれは少し前にできてたんですが、僕がモタモタしてたら
今になりました(苦笑)。

さらに、参加者のフィードバックを経て企画した補足資料や
追加教材の全体像が、僕の中で完全にできあがりました。

63万円という超高額だったにもかかわらず360人近くの人が
応募してくれたセミナー。

結局その中でも約50人しか参加できなかったわけですが、
3月3日まで、そのDVDの予約を受け付けようと思います。

セカンドチャーンス(笑)。

もし興味があれば、下記のURLから応募してください。

https://www.licensetostealcopywritingmasterclass.com/08_2/form/order/order.php

あ、今はまだレターも何もなくて、申し込みフォームがあるだけ
ですが、近いうちにレターをアップしてまた連絡しますので、
今あわてて申し込まなくてもいいですよ。

試験があるしおそらく応募が2000人近くになるであろう関係で、
早くに申し込んでもらえれば早くに採点が終わり、まあおそらくは
合格基準も若干低いという利点はありますが(入試みたいですが 笑)、
先着順では全くないので、焦らなくていいです。

一刻も早く、というマニアなあなたのための、
申し込みフォーム先行公開です(ある意味新しい 笑)。

もうかれこれ1年以上このメルマガ書いてますが、
実はこのDVDが僕が僕個人の名前で出す初めての
ビジネス系教材なんですよねー。

なんか感慨深いものがあります(笑)。

興味があれば、是非。

あ、さっきも言いましたが、今回もセミナー同様、テスト、やります。

数は、僕が必要と判断しただけ、絞ります(多分100~200本)。

参加費63万円ですからね、値段も、安いはずないです。

そのへんだけは、あらかじめ心に留めて、クリックして
くださいませ。

あ、実際にセミナーに参加された場合、上記フォームに
記載されているの「全て」の教材群を無料でお送りしますので、
今回申し込まれる必要はありません。
追伸2:そうそう、前回チラッとお話したセンスのある人の
質問ですが、これに関していくつか「こんな人じゃないですか?」的な
メールが送られてきました。

すごくいいセンいってるのもあれば、まったくいいセン
いってないのもあって、面白く読ませていただきました。

まあ、今回ここでその質問のタイプを説明しようかとも
思ったのですが、それを公開してしまうと今後、そんな
質問ばっかりきそうなのでやめました(笑)。

センスある人ってのは、遅かれ早かれそのタイプの質問を
するようになるので、ほっといてもいいかなー的な(苦笑)。

いつか気が向いたらお話しますね。